六 東彫斎彫洲(とうしゅうさいほりくに)の聞き語
茶碗の熱燗を一口飲み助実が話し始めた。
「上州倉賀野宿の北関東一の彫師と言われる東彫斎彫洲先生に三条の市場元締めの親分さんの屋敷でお会いする機会がありました。親分に頼まれた鎌と小刀を納めに行った時の事で、丁度親分の彫物の仕上げが終わり座敷でお茶を頂いておられました。私も同席しお茶を一服頂き三条鍛冶の話をしながら鍛冶職人の小刀お見せしましたところ思いのほか興味を示され、是非一振り譲ってほしいといわれました。しかし、納品分しかない旨を話し、余りにも消沈されてしまわれたので、私が数年懐に持っているものであればとお譲りしたところ、大そう喜ばれましてついでにかの刀の事を思い出し聞いてみたのですよ。何十人もの男たちの人生をその体に彫り刻んでこられた方であればと、期待があったのです。先生は座敷から真正面に見える弥彦山を眺めながら話されました」
「もう何年前になりますでしょうか。関西から来たという豪傑が私の噂を聞き是非にと彫りをたのまれたことがありました。そこで、何か面白い話をしてくれるのであれば承りましょうと条件を出しましたところ、刀の逸話を話し始めたのですよ。備前国に館槻甲子郎という無銘の刀匠がいたそうです。若くして腕を上げ将来が期待されていたものの、心の臓が生まれつき弱く生涯で打った刀が一振り。その刀、男には鞘から抜く事が出来ず、地元の足軽頭の娘だけが抜刀できたそうです。甲子郎と娘小夜は恋仲で刀が出来上がった時初めに見せたのが小夜でありました。そして、刀身を見た小夜は緊張のあまり小水を漏らし甲子郎が手拭いで急所を拭いてやった時、急所が刀に映り込み薄紅色の光を放ったとか。それ以来その刀を【小夜マタギ立月】と文字って呼ばれているそうですが、束を外すと【備前住長船甲子郎娘守立月】と、銘が刻まれているそうです。自分が病により短命であることを悟り、自分の死後、小夜を生涯守れるようにと願いを込めて打った一振りなのでしょう」
彫洲は、更にお茶を一口飲み、一言付け加えた。
「この座敷から見る山は本当に美しいですね。国上山、弥彦山、角田山と女神様が横になっておられるお姿に見えます。きっと、越後の国を守っておられるのでしょうね。先の話の立月といい、人を切り殺す武器でありながら一人の娘を守るためだけの刀。人を身おもって守るものは美しいですね」名人と言われる人間の言葉は重い。
「女子だけに抜けるということは、もしかしたら弥生には抜けるということでしょうか」
「かもしれませんし、出来ないかもしれない。謎が付きまとうゆえに妖刀もしくは名刀でしょうか」
夜も更けてきた。茶碗の熱燗を飲み干し二人は座敷にしいてあった布団を茶の間に敷きなおし床に付いた。