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五 打ち刃帰りと仕込み杖

【生き馬の目を抜く三条人】

「かような言葉が代々三条鍛冶の間で言われてきたのですが、始まりも意味もわからぬまま噂話だけが尾ひれを引いて江戸にまで伝わったのですよ。しかし、このおかげで江戸っ子に三条人は舐められることなく、商いが出来たのも事実です」

「成程、名刀に勝るとも劣らない刃物なのだと相手に知らしめるには十分な言葉ですなぁ」

「もう一つ、打ち刃帰りという言葉があります」

「それはどのようなことなのですか」

「いや、難しいことではないのですよ。客に納品した刃物が其の物としての寿命が尽きる前に、一度か二度必ず鍛冶屋に打ち直しやらなんやらで、帰ってくるのですよ。これは意外と道具職人であれば一生のうち何度か経験することなのでしょうが、先の仕込みのように因縁めいた話も意外とよく聞かれるのですよ」

「では、あの仕込みにも何かあると云われるのですか」

「イヤイヤ、その様な妖怪めいた話が付きまとえば面白いのですが、ただ、私が引き継ぐ前の事だそうです。親父はその名で多少なりとも内外に名前を売っていましたので佐渡奉行の三国越えを手伝った時のことだそうです。御用金の荷車の前を賊警備で歩いておりましたら、賊ではなく大きな熊が襲ってきたそうです。その時に熊の右目を例の仕込みで貫いたとか。残念ながらその時の熊を仕留められなかったのですが、目を抜く三条人の話が実話と共に広まったということなのですよ」

「やはり、何かありそうですね」

「十五年前の話を先ほどしましたが、その時出くわした熊も右目が潰れ古傷があったのですよ」

「では、父上が対峙した熊と・・・」

「推測ですけどね。しかし、可能性はあります。熊の寿命も人並みに長い生体もいるらしいですし、しつこいくらいに恨みを持つ個体もいると言われています」

「三つ子の魂百までも、ですね」

互いに熱い茶碗の燗酒を胃袋深く流し込んだ。

 「先程の寄り合いでも熊の話が出ました。三国から貝掛の番所の間でよくみられた熊が湯沢、塩沢宿にまで降りてきたとか。いずれ、魚野川を下りこの辺界隈まで来るのではないかと。腕の良い熊猟師は東北から招かねばいけませんし」

清兵衛はため息交じりに燗酒を流し込んだ。

 「そう言えば前回お邪魔した際に教えて頂いた刀の話ですが、面白い話を仕入れました」

 「あの、何代前かの豪傑女当主が人喰い熊を一刀両断した刀ですね。ずうっと、床の間に置いてありますよ」

その刀は使われることなく床の間に飾られていた。


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