四 弥伊里の村主、清兵衛
娘は言われるがまま、日中二日かけて歩き日没直後に里の村主らしき屋敷前に到着した。しかし、疲労困憊のせいで、倒れこんでしまった。丁度、村の寄り合いから家主が帰ってきた。
「どうなされた、気を確かに。これ弥生、弥生はいたか」
「父様、どうなされた、騒々しい」
「行き倒れじゃ。屋敷の前で倒れていた。茶碗に白湯を入れて持ってきておくれ」
十にも満たぬ小さな子供が茶碗を持ってきて家主に手渡した。
「ゆっくり飲んでください。理由や話もありましょうが今日は何も考えずゆっくりと休んでくださいね。弥生、客人がもう一人。座敷にもう一組布団を敷いておくれ」
そう言って、家主は娘を抱きかかえ座敷の布団に寝かしつけた。茶の間ではもう一人の客人が晩酌をしていた。
「清兵衛さん、先に頂いておりました。騒がしいようでしたが何かあったのですか」
「行き倒れです。いや、大げさな言い方でしたね。歩き疲れたのでしょう。家の前で倒れておりました。息もあり先程白湯も飲めたので明日には元気になるでしょう」
「あの杖は、あの娘さんが持っていた物でしょうか」
「そのようですね。あまり見かけない型ですね」
客人が茶碗酒を置いて一言言った。
「越後三条鍛冶初代助廣、仕込み杖です。しかし、何故この様な娘がこれをもっているのか」
「助実さん。ということは父上が唯一打ったとされる長物ですか」
「その通りです、よろしいか」
そう言うと、右手で束を持ち左手で鞘をゆっくりと引いた。鈍い銀色をした独特の打ち刃波紋の刀身が姿を現した。
「重くもなく、軽くもなく重心をわざと束側にして手返しをやりやすくしてあります。直ぐに折れそうな見た目なのですが、ソコは三条鍛冶の腕の見せ所で鎌と同様に粘りのある刀身、折れず歪まずでも殺傷力には怠りが出ないのです。親父が江戸への行商の際、肌身離さず持っていた物を私が受け継ぎました。前に行商の途中でクマに襲われた話をしましたよね。あの時、一緒にいた娘にお守り代わりにと持たせたのですが。十五年もたってまさかここで会おうとは」
その夜、村主清兵衛と二代目助実の話題は途切れることなく夜は過ぎた。
この清兵衛の家は代々弥伊里の村主をしていた。故に、隣接する村との村境争い、川の水利争い、また街道を行き来する行商人の宿と多忙を極めていた。そして、後継ぎが出来ないと迷信めいた噂も多々あった。嫁が来ない、嫁が来たがすぐ死ぬ、子が授からない等々。事実、先程白湯を用意してくれた弥生は清兵衛が十年前に用事で小千谷宿に行った帰りに置き去りにされた赤子を拾ってきて男手一つでここまで育てたのだそうだ。この弥生という娘であるが、髪の毛は生まれつき薄紅色をしていて色白のうえ青い瞳をしており人間離れをした外観であった。しかし、御年五十路となる清兵衛は目に入れても痛くない程に可愛がっていた。弥生も養子と解っているが実の親子以上に清兵衛を慕っていた。




