三 昔語りと気まぐれ
あの日も風に乗り退屈に流転しておった。突然、腹が痛みだして、小水と下り糞を漏らしたわけだ。前日に食べた川蟹にあたったようで、龍が怒って私をこの地に落としていきおった。当時ここは賊の根城があったのだよ。この祠はその名残だ。私をこのような処に落とした龍もバカだが、その賊どももアホの極みだ。風呂にも入らんからとにかく臭い。突然、空から素っ裸の生娘が落ちてきたものだから、ゴミどもは大喜びでな、私を逃げられぬように縛り付けてそれを眺めて酒を飲んでいたわ。そのうち、私を手籠めにする順番でもめ始めて挙句の果てに刀の切り合いを始めた。その時だ。旅姿の男がクマに追われてここに飛び込んできた。賊どもは酒のせいで千鳥足だ。当然ながら熊の餌食になりよった。散々暴れて賊どもを食い散らかし満足したのであろう。熊は旅姿の男と私を置いて山に帰っていった。私は男に縄をほどいてもらいボロではあるが男の作務衣を着せてもらった。
その男の年は三十と五つ、くらいで中々の美形だ。三条鍛冶の次男坊と言っていた。父親は助廣とか言って江戸でも少しは名が通った鍛冶職人らしい。鎌と山刀を江戸まで行商の途中、クマに襲われたそうだ。心優しい男で、穴を掘って賊どもの食い散らかされた遺体を集めて埋めてやっていた。その後山を下り、街道近くのあばら家で旅飯の焼き餅を食って夜を明かした。手先が器用で私が寝付いた後、人型を木で削り作ってくれて次の日に、旅立つ前にその杖と人型は私を模したと言っておいていったものだ。あれから十五年くらいは経つかのぉ。生きておれば鍛冶職人として脂の載った年頃だな。
さて、昔語りは終わりだ。ここからはお主の未来の事だ。川で会った時のお主は八十路の老いを悲しんでいたな。そこでだ、六十年若返る事が出来るとしたらどうであろうな。安穏に田舎暮らしお送り、老いを受け入れ死ぬのを待つ現状が良いか。身体も心も初々しい娘に戻り違う人生を始める事も良いのではないか。
「その様な事が現実に出来るのであれば、美しい穢れのない娘時代に戻りたいものだ。爺様は、若かりし頃は気張ったものだが、子が出来ても成長する前に逝ってしまった。後は子も出来ず女の旬も終わり残ったものは孤独な貧乏暮らしだけだ」と、所々歯が抜けた滑舌の悪い口で答えた。
「話は決まりだな。その人型をワシによこせ」
そう言って、婆様の手から人型を取り上げ、それを自分の股座の急所に擦り付け震え始めた。そして、天極まったのか、突然倒れ込んだ。人型は薄紅色に変色して香しい香りと共に娘の体液の粘りで艶やかに成っていた。
「御婆よ、これを貴様の急所に擦り付け、頃合いを見て差し込みに入れてみよ」
婆様は訳も分からず言われたとおりに擦り付けた、そして、その後人型はスルリと差し込みに飲み込まれて中でじっくりと馴染んでいった。そして婆様は気が遠のき倒れこんでしまった。
どのくらいの時が経ったか、香しい香りと風に揺れる細く柔らかい紅髪に頬を撫でられ目を覚ました。
「目を覚ましたか。水面に顔を映してみよ。どうであろう、まごうことなき若い生娘であろう。良いか、これは人生をやりなすのではない。ここから人生が始まるのだ」
水面には老いた御婆ではなく黒髪の細身で整った顔立ちでありながら、どこか妖艶さを秘めた娘が映っていた。悦びというより、訳が分からない、またこれ以降の運命に対する不安を感じ答えた。
「私は、どこに行き何をなせば良いのでしょうか。わからない事ばかりでございます。それと一人残った爺様は、如何致しましょう。私がいなくなったとて死ぬことはないと思いますが」
「言ったであろう、貴様の人生が今始まるのだと。手始めに、ここより北、十里先に小さな山里がある。そこの村主屋敷を訪ねてみよ。この杖を持っていけ。さらにだ、今日より貴様は桜と名乗るがよかろう」
そう言い残し、小娘の姿はいずこかに消えていった。