十九 長岡大空襲
午後六時過ぎに坂之上の屋敷に到着した。
「いらっしゃい。重かっただろう、土間に荷物を置いて上がってくれ」
太く優しい声でこの家の当主、川上龍穣が玄関で出迎えてくれた。商家の為、町の中心地でありながら黒塀が回った立派なお屋敷だ。龍穣は偀龍より十八歳ほど年が離れ、祥子の母親と、その弟偀龍の腹違いの兄でもある。
「ご無沙汰しております。皆様もお元気そうで何よりです」
挨拶を返し、屋敷に上がった。使用人を何人か雇っているせいかいつも廊下が美しく光っていた。茶の間に入り再度三つ指を突き挨拶をした後、恐る恐る龍驤に偀龍の戦死通知について尋ねた。
「偀龍兄さんが戦死されたのは本当の事でしょうか」
龍穣は何も言わずに、帝国陸軍の名入りの軍事電報を手渡した。そこには、【6ガツ25ニチ トラックトウニテ センシサレリ】とだけ、記載されていた。その瞬間、もしかしたら軍の電報の打ち間違いではという自身のない希望は無くなり、我慢して止めていた涙が一気に目からあふれ出しその場で泣き崩れた。そして、泣きつかれて寝入ってしまった。その時のこと、夢の中で偀龍が祥子に言った。
「長岡はもうすぐ火の海になる。逃げろ」
午後九時過ぎ、警戒警報のサイレンが鳴り響き、それにより祥子は目が覚めた。叔母の紗栄子が防空頭巾を持って起こしに来てくれた。
「祥子ちゃん起きて、急いで。警報サイレンが鳴っているの」
「偀龍兄さんが夢の中で逃げろと言っていました」
龍穣は、家中の明かりを消し防空頭巾、避難袋を持って紗栄子と祥子を連れて近くの防空壕に避難した。午後十時二十六分、警戒警報は空襲警報に代わりその四分後、長岡の夜空を覆う程のB29が飛来し一時間四十分に及ぶ焼夷弾による無差別爆撃が行われた。猛火の中、人々は逃げ回り市街地はほぼ壊滅状態となった。そして、祥子は絶命した。




