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十三 契り合った二人

 朝から始めてお天道様が真ん中に上がったころ、二人は連結部分を外し盥の水で汗を流した。

 「飯を食ったら山に入るぞ。たまたま見つけた、俺の隠し湯がある。少し遠いが、なぁに半日歩けば日暮れには着く」

 「足には自信がありますよ。では、握り飯でも作りましょう」

女は手際よく塩を手にまぶし飯を握った。

 「そう言えば、お前名前はあるのか」

 「前は、狭霧と呼ばれていました。子供の頃に首領に拾われ、忍び術を叩き込まれ今に至ります。貴方様は」

 「俺は小さいころに爺様に拾われ、山で生きる知恵を教え込まれた。いつも、小僧とよばれていた。故に名前が無い」

 「大きいの、大の字に吉方の吉で、大吉、という名は如何でしょうか。漢字では、こう書きます」

 「お前、字の読み書きができるのか。すごいのう、山では必要なかったが。では、お前はよもぎという名前はどうだ。薬にもなるし、食っても美味い。何よりお前の様に良い香りがする」

 「ありがとうございます。今より私は貴方様の妻の、蓬と名乗りましょう」

 「俺は、亭主の大吉だ」

そして大吉は、腰に山刀を付け、腰袋に味噌と生米をもち、熊の皮を着た山姿に。蓬は、苦無を隠し持った旅姿になり秘湯を目指した。神の薬のおかげであろうか、二人共、足腰が前の比ではないくらいに強くなっていた。秘密の湯治場についた時にはまだ、西の空の高い処にお日様があった。

 「すまんがここで、火を起こしておいてくれ。俺は、晩飯を取ってくる」

そう言って、途中で作った竹やりを持って沢を降りて行った。程なく、大きな岩魚を一匹持って帰ってきた。

 「山はいい、金などなくても山菜も肉も魚もある。要は、取りすぎないことだ。米は竹筒に水を入れ、日の近くにさしておけば炊ける。岩魚は腸を取り、竹櫛をさし日の近くに置くだけだ」

 「湯はどちらにあるのですか」

 「この辺は、河原を掘ると温泉が湧く。前に掘った所が残っていた。直ぐ入れるぞ」

二人は沢を降り、河原の湯に入った。

 「かなり、熱い湯が湧くのですね」

 「熱すぎるときは川の水をいれるといい」

二人はゆっくり肩までつかり、空を見上げた。既に日は沈み満天の星空が広がっていた。

 「良い湯加減そうじゃ、ワシも仲間に入れてくれぬか」

振り返ると、薄紅色の髪の毛に蒼い瞳の小娘が素っ裸で立っていた。

 「あなた様は先日薬をくださった!大吉様、この方でございます。小娘の様な神様は」

 「成程、小娘であるが神がかった様に美しい娘だ。薬といい、その御姿といい、何物でおられるか?」

 「話せば長くなるので面倒なことは、省くぞ。神とは、何処にでも存在し何処にでもいない。また、人の子が考えるほど難しい存在ではなく間違った行いをすれば罰を与え、善い行いにはちゃんと褒美を出す。時に気まぐれで、大盤振る舞いの褒美を出すこともある。今回のそなた達のように。しかし、思いのほか薬の効きが良かったみたいだな。傷も消えて、既に契りも交わしたな」

 「なぜ、私達なのですか」

 「言ったであろう、気まぐれと。時に女よ、尋ねたい事があるのだが、良いだろうか。長きにわたり続いた徳川の世も終焉が近いのであろう。お前を襲った村田藩も、既に倒幕側に、翻っているのだな」

 「お察しの通りです。謀反の旨をかいた書状を私と共にいた男が江戸に届けたはずです。今頃、江戸城内は大騒ぎでしょうね」

 「やはりのう、時代が変わる時には決まって二手に分かれ殺し合いを始める。時がたっても人の子は進歩がないのう」

 「難しいことは俺ら山人には理解できん。しかし、山の神様に感謝して猟師をして山菜を喰う。子作りをする。この他に何を欲するというのか。山におれば、自分たちの生活だけを考えればよい。この山地やまちから出たことのない俺は、そう思う」

 「私も、旦那さまがいて子がいて山の中で平和に暮らす。もう、時の権力者の為に命を張って働くことは御免こうむります」

 「全くそのとおりだ。それでこそ、お前たちに薬を与えたかいがあるというものだ。しかし、これより時代は大きく動く。戦もあろうが、山の暮らしと自分たちを大切にすることを忘れてはならぬぞ。更に、子をたくさん作るとよかろう。今のお前たちであれば可能であろう・・・」

そう言い終え含み笑いをし、小娘の姿が薄紅色の煙に巻かれて消えた。未だ、ここ二日間で起こったことが信じられぬ二人であったが、今こうして若い体で二人風呂に入っていることは事実、全てを疑いなく受け入れいつまでも時がたつことを忘れ熱い湯に浸かりながら、満天の星空を眺めていた。今宵は子作りには最適な星明りの夜だ。

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