第十七話 飛来するもの
「クリスタを養子に迎えたあの家に送り届けた時、その場に居合わせたブレアに全てを話していればこんな事にはならなかったかもしれぬ。相当落ち込んでいたので、数日後にと思っていたのだが、その時には……」
「今話した通りよ。クリスタは人を助ける為に命を失ったの。誰も悪い訳じゃない。だから、こんな事は辞めて!」
フラムが訴え掛けるも、完全に炎に包まれたブレアの返事はなく、反応すら見られない。
「あの炎の中、意識を保っているのも大変でしょう。最早、声が届いていないかもしれませんね」
「そんな……」
「アインベルク様、我々はどうしたら?」
フラムと共にやって来た腕に覚えがある者達の一人が訊く。
「あなた達は中に戻って、残っている人達を速やかに避難させて下さい。出来る限り遠くに逃げるようにと。但し、混乱させぬように安全にお願いしますよ」
「心得ました」
フラム、アインベルク、シャルロア、ビエント、フリード、そしてフラムの肩に居るパルを残し、他の者達は議会場に急ぎ戻って行った。
「お母様、今から逃げてどうにかなるのでしょうか?」
「さあ、どうでしょうね。ただ、出来る事は全てやらなくてはいけません。シャルロア、貴女もですよ」
「私が?」
「あなたもドーム状に氷を張る事が出来ましたね」
「はい。でも、あれはお遊びで」
「いいえ。それはこう言う時にこそ有効な防御法です。私が合図をしたら、あの娘を中心にドーム状に氷を張りなさい。いいですね?」
「お待ち下さい!」
話を進めるアインベルクを、フラムが止める。
「まだ何か方法が━━そうだ。クリスタがやったように、自発的に魔力による属性魔法の暴走を起こせば」
ブレアに向かって一歩踏み出そうとするフラムを、ビエントが槍でその行く手を塞ぐ。
「自ら命を散らすなど、絶対にさせん」
「そうです。それに、不確定要素が多過ぎます。あなたが話したそのクリスタと言う娘の時は、たまたま上手く行ったに過ぎないでしょう。今の貴女の魔力は、その時のクリスタの魔力よりはかなり上なはず、その上貴女は特異質です。下手をすれば、相乗効果で更なる被害を生み兼ねません」
「じゃあ、一瞬で斬るって言うのは?」
今まで成り行きを見守っていたフリードが提案する。
「あんたに女性が斬れるの?」
フラムが訊く。
「今まで女性を斬った事はないが、今回だけは緊急事態って事で」
「貴方は?」
「フリードって旅の剣士です」
「フリード? ああ、あの神速のフリードですか。噂は聞いていますよ」
「意外と有名でヤンスね」
「意外とは余計だ」
「フリードでしたね。止めておきなさい。どんなに早く斬ったとしても、その瞬間に魔力が暴発するだけです」
「そっか。なら、俺の出番はなしだな。でも、このままじゃあ、相当な被害が出るって事だよな」
戻った者達が議会場に居る者達を避難させてはいるが、数も多く、混乱を避けられず、速やかな避難は困難と言える。
更に、ブレアがいつ暴発してもおかしくない状況に、それほど遠くに逃げられるはずもなく、このままではこの場に居る全員が巻き込まれてもおかしくない。
「やはり、直接語り掛けるしか……」
「ビエント、なりませんよ。フラムを止めておきながら、自ら身を投じるなど。五賢人である以上、ケイハルトを何とかするまでは」
「分かっている。分かっているが━━フラム!?」
ビエントが槍を下げた隙に、フラムはブレアに向かって駆け出し、パルを肩から振り払う。
「フラム、止めるでヤンス!」
そのままブレアを包む炎に飛び込もうとしたその時、
「おい、上から何か来るぞ!」
フリードの上げた声に、全ての目が上空に向けられる。
フラムもまた足を止め、上を見上げた。
「あれは……?」
上空から何かが物凄い勢いで迫って来る。ただ、その向こうに太陽があり、逆光ではっきりしない。
徐々に大きさを増したそれは、そのまま勢いを落とさず、ブレアを包む炎の中に飛び込んでしまった。
「フィール、巻き込んでゴメンね。ゆっくりだと止められるかもしれなかったから」
ブレアを包む炎の中で、フィールが翼を広げて苦しんでいた。
そして、炎の中にはもう一人━━。
「イグニア!?」




