第九話 黒幕
建物の陰から剣を携えた年配の男が姿を見せ、ラドローの隣まで来て足を止めた。
「何て様だ。わざわざヒュービまで召喚してやったのに」
「ギュストの旦那、助かったぜ。ただよ、あいつらが強すぎるんだよ」
「まあ、フラーヴァを召喚出来る魔獣召喚士のようだからな。それに何故、私がそこに居ると分かった?」
ギュストは浮かんだ疑念を思わずフラムにぶつけた。
「簡単なことよ。ヒュービは一匹捕獲する事も困難な魔獣よ。それも五匹も手懐けるなんてなかなか出来る事じゃないわ。裏に魔獣召喚士が付いていると考えるのが自然でしょうね。それに指輪。普通の盗賊団なら奪った指輪以外に固執して欲しがるって言ったら、価値があるような高価な指輪か、特別な力を持つ魔導具か。ヒュービの件からしても後者と考えるのが妥当ね。で、更に後から三匹のヒュービが出て来た事で確定したわ。最初からヒュービを隠していたなら最初から八匹で出しておいた方が有利だし、恐らくその場で魔獣召喚士が召喚したか、連れて来たかのどちらか。つまり、ヒュービが出て来た所に魔獣召喚士も居るって事でしょう。どう?」
「ほう、なかなか頭も切れそうだ。フラーヴァを召喚出来る事からしても、ただの魔獣召喚士ではなさそうだな」
「お褒め頂いてありがとう。ついでに言うと、あんたが欲しがっているのはアルドの指輪ね」
ギュストの顔色が変わる。
「そこまで分かるのか」
「思い出したのよ。この辺りでアルドが魔導具を研究していたって話をね。ただ、あんな物、盗賊団と組んで村を襲うような悪趣味な魔獣召喚士しか欲しがらないわよ」
「何とでも言えばいいさ。さあ、今日こそは指輪を渡して貰うぞ、村長」
「だから、そんな物はないと言っている」
「だったら、これならどうだ? ここに意識が向いている間に、あんたの家を家捜しさせて貰ったんだが、指輪は無かったが、代わりにこう言うものがあったんでな」
ギュストが自分が出て来た建物の陰の方に合図を送ると、そこから盗賊と思われる二人が一人の女性を連れて出て来た。
「あなた!」
連れられているのは、ウィルの母親だった。
「アンナ!」
「お母さん!」
「これでもまだ無いと言えるか?」
「悪趣味な上に卑怯者のようね」
フラムの罵りも、ギュストは一笑に伏す。
「好きなように言えばいい。こうでもしないと出して貰えそうにないからな。さあ、村長」
村長は少し下を見て、暫し押し黙った。
「ここには無い……ただ、アルドの研究所にならあるかもしれん」
ギュストがニヤリと笑う。
「やっぱりあるんだな。それで、アルドの研究所は何処にある?」
「村から少し離れた迷いの森を抜けた先だ」
「迷いの森か。どうりで研究所が見つからないはずだ。だとしたら、どうやって行くんだ? 地図があるのか?」
「地図はない。その場所は誰も立ち入れぬように、行き方は儂しか知らん」
「だったら案内して貰おうか」
「分かった。ただし、妻を放せ。人質なら儂だけで十分だろう」
「いいだろう。だったら、お互いにそっちとこっちに向かって、ゆっくりと歩き出せ。おかしな真似をすると凍り付いた村人達を破壊させるからな」
「そちらこそおかしな真似はしないでよね」
フラムが牽制を入れる。
「お父さん……」
ウィルの心配そうな声に、村長は大丈夫だと言わんばかりに深く頷いて見せてから歩み出した。それに合わせて、母親も盗賊団の方から歩み出す。
打開策もなく、フラムとフリードも苦々しい面持ちで見守るしかない。
ほぼ中央の辺りで二人が交差する。
「あなた……」
「心配いらん」
二人が擦れ違ったその時、
「ヒュービ、思いっ切り冷気を吐け!」
ギュストの合図で三匹のヒュービ達が一斉に冷気を勢い良く吐き出した。すると、冷気が気化して辺りに白い霧のようなものが漂い、煙幕となって何も見えなくなってしまった。
色々な声が入り乱れるなか、次第に霧が晴れ渡ると、ギュストと盗賊団、そしてヒュービ達の姿は消えていた。
「あいつら、やっぱり……村長と奥さんは?」
フラムは慌てて辺りを見廻す。
村長の姿はなかったが、母親の方はフリードが連れて立っていた。
「お母さん!」
駆け寄って来たウィルが母親に抱き付いた。
頭の上に乗っていたパルは、直前に飛び立ってフラムの肩に戻った。
「すまない。村長も助けようと思ったんだが、霧が濃くてさすがに二人は無理だった」
フリードがフラムに謝りながら寄って来た。
「とんでもない。お母さんの方だけでも助けられたのは良かったわ。ナイス判断よ」
「へえ~珍しいな。お前が俺の事褒めるなんてな」
「人を鬼みたいに言わないでよ。褒めるときはちゃんと褒めるわよ」
「それよりフラム、村人達を早く何とかした方がいいでヤンスよ」
周りに居る村人達はまだ凍り付いたままだ。
「そうね。このままだと命が危ないわね。それじゃあパル、お願いね」
「え、オイラがやるでヤンスか? それもたった一匹で? せめて何匹か他に召喚して欲しいでヤンス」
「何言ってんの。私が召喚する魔獣だと火力が強過ぎて、それこそ村の人達の命が危ないじゃないのよ。さっきたらふく食べたんだから、その分、働きなさい。さあ、早く」
「相変わらず魔獣使いの荒い人でヤンス」
「何か言った?」
「何でもないでヤンスよ」
パルは深く溜息を吐いてから飛び立った。そして、あっちにこっちにと飛び廻って凍り付いている村人達に炎を吐いて廻り、時間は掛かったものの何とか全ての村人達の氷を溶かす事が出来た。
体を震わせている者も居たが、全員命に別状はなかった。ただ、パルだけは地面に大の字になって目を廻していた。
「もうダメでヤンス…………」