第九話 目覚めし男
人けのない開けた道をフラムは歩いていた。隣には、まだ健在のヴァルカンの姿もある。
パルはフラムではなくヴァルカンの肩にとまっている。
この日は、故郷にあるベルデュールの町の仕事の仲介所ダニャーレで、フラムの修行を兼ねて受けた仕事を終え、その報告にベルデュールに戻る途中だった。
「ああ、今日も大変だったわ」
フラムが少し肩を落としながら言う。
「これぐらいでへばってどうする」
「でも、召喚する魔獣を制限されたらベルガンド討伐がこんなに厄介だなんて」
「強力な魔獣を召喚したら修行にならないだろうに。制限されている魔獣の中で、いかに相手の弱点を突いて倒すか、それが今回の修行なんだからな」
「でも、もうへとへとで、せめて何かお腹に入れないと倒れちゃいそう」
「そう言えばオイラもお腹が減ったでヤンス」
「あんたは何もしてないでしょう」
「それでもお腹が空くものは仕方ないでヤンスよ」
「分かった、分かった。報告し終えたらベルデュールで何か食べよう」
「さすがはご主人、話が分かるでヤンス」
「そうと決まれば善は急げよ」
「全く、お前達はそういう時だけ元気だな。ん? 地震か?」
立っていても分かるほどの揺れが三人の足を止める。
「最近地震が多いでヤンスね」
「確かに。何かの予兆かしら」
「まさかとは思うが……」
ヴァルカンが危惧するそのまさかが、現実のものとなる。
ふとヴァルカンが見上げたカチャッカ火山が、激しい音を立てて噴火した。
火口から噴煙が広範囲に空へと吹き上がり、火の玉の様なものが四方八方飛び散って行く。
「そんな馬鹿な。カチャッカ山は休火山のはず……いや、こうしてはおれんな。フラム、お前はパルと共にベルデュールに行って町の人を安全な所まで避難させなさい」
「師匠は?」
「私は行かなければならない所がある。大事な用がな」
「大事な用?」
「いいから急ぎなさい。飛んでいる火の塊は大きな石だ。あれに当たれば一溜まりもない。早く行かないと、町の人達は今混乱しているはずだ。パル、早くフラムと共に行け。頼んだぞ」
町の人達を避難させるよりも大事な用とは何なのかと、フラムは怪訝に思いながらも、ヴァルカンの肩から飛び立ったパルと共にベルデュールへと向かった。
フラム達を見送ったヴァルカンは、噴火を続けるカチャッカ山を一瞥し、そちらに向かって駆け出した。
上空から降り注ぐ火の玉を、背中にある剣を抜き様に一刀のもとに両断する。更に次々と落ちて来る火の玉を軽々と両断しつつ先を急ぐ。
やって来たのはカチャッカ山の麓にある洞窟だ。
洞窟の中は当然火の玉が飛んで来る事はないが、いつもは多少ひんやりしているはずの空気が、奥から熱気が噴き出して来る。
先に進むにつれ、その熱気は徐々に暑さを増す。
炎の属性を扱うからか、ヴァルカンはさほど苦にする事無く先を進む。そして、フラムの両親が凍らせられている場所にやって来た。
「ここはどうやら大丈夫か」
奥から吹いて来る熱気で表面は溶け、中の様子が分からない程に表面を水が流れているが、その多くは凍ったままだ。
「後はこの奥か……ん?」
微かながら奥の方から人の声の様なものが聞こえて来る。
「まさか!」
奥に進むにつれて更に暑さも増して行く中、先を急ぐヴァルカン耳に届くそれは、人が絶叫する声だと分かった。
ヴァルカンの足が止まった時には、その声は止まっていた。
奥の方には溶岩が蠢いているのが見える。
その景色は、まるで地獄にでも落とされたのかと錯覚させる。
それを助長させていたのは、溶岩の前にある大きな水溜りを背に立っている人物であった。
激しく白煙を上げている真っ赤になった肌は焼け爛れ、髪の毛はすっかり焼けてしまい、その姿は地獄に落とされた亡者にも見えた。
一目では分からなかったが、それが誰であるか、ヴァルカンには分かっていた。




