第六話 大賢人たる所以(ゆえん)
「丁度その時、あなたがパルと言っていたから、ヴァルカンがそう名付けたんです」
「そうそう、そうだったでヤンス」
ようやく頭を叩いていたアインベルクの手も止まり、パルは頭に手を置いている。
「その後もヴァルカンはあなたを預かる事を渋っていましたが、結局は折れました。優しい人でしたからね。せめて不自由がないようにと、私が大きな家を用意すると申し出たのですが、ヴァルカンはフラムの家族がいた家がいいと言い出しましてね」
「じゃあ、あの家は元々私がいた家なんですか?」
「ええ、ケイハルトが気掛かりだったのもあったのでしょうが、あなたの両親の匂いが残る家で育ててやりたいと言っていましたよ」
「師匠が……」
フラムは目頭を熱くする。
「ところで、その後ライオと母親はどうなったんです? ケイハルトがした事を知っているんですか?」
不意に出たフラムの疑問に、アインベルクは虚空を眺め、溜息を付いてから口を開いた。
「二人には罪がないからと、ルディア様はケイハルトがした事を耳に入らぬ様にと強く念を押されました。ですが、何処からか洩れたのか、それとも、ケイハルトがどう言う人間か一番よく知っていたのは妻のアニエですから、ケイハルトとエルベルト夫妻が忽然と消えたので何かを悟ったのか、あの一件から少ししてアニエはまだ幼きライオを連れて姿を消しました」
「姿を消した?」
「ええ。勿論、ルディア様は常に二人を心配していましたから、直ぐに行方を捜しましたが、次にその所在を知った時には、アニエが自害した後でした」
「そんな……」
フラムは思わず口を押える。
「何処かに預けたのか、ライオの行方は知れず、どう言う生活をして来たかは知りませんが、魔獣狩りと名を馳せているのがライオだと知ったのは、そう遠い話ではありません。調べによると、経緯は分かりませんが、今はケイハルトの元に居るはずです」
「一緒に? 今までの話だと、ライオのお母さんって、ケイハルトのした事を悔いて自殺したって事ですよね?」
「推測でしかありませんが、恐らくそうでしょうね」
「だったら何で、そんな奴の所に?」
「母を失い。かなり苦労して生きて来たでしょうから、その原因でもあるケイハルトに恨みを抱いていて当然でしょうが、今のライオの心境までは分かりません」
「全てはあいつが悪いのよ。ケイハルトが……」
また怒りと憎しみを顔に滲ませるフラムに、アインベルクは首を振ると共に、フラムの頭上に向けて錫杖を一振りする。
フラムの頭上にまた空気中の水分が凍った氷の塊が降り注ぐ。
「いてて……!」
「痛いでヤンス……!」
「申したはずですよ。その感情は抑えなさい」
「ですが━━」
意見しようとしたフラムを、アインベルクがフラムの前に錫杖の飾りを振り向けて止める。
「確かに今は無理でしょう。ですが、ケイハルトと戦いたいなら、今のままでは必ず魔力の暴発を招きます。肝に銘じなさい」
「何にしても、オイラはとばっちりでヤンスよ」
パルはまた頭を押さえている。
「さあ、これがここであった真実です。あとは世界会議での話となるでしょう。ただその前に、エルベルトとリーズの埋葬をちゃんと済ませないといけませんね。確かここの近くにヴァルカンが眠っている墓地がありましたね。墓守は、ええ……そう、ダリルと言いましたか。彼に頼みましょう」
「それはいいんですけど、ダリルさんは私の親の事は知らないので、どう説明すればいいか」
「彼なら知っていますよ。いえ、当時近くの村に住んでいた村人全員が知っているはずです」
「ベルデュールの人達も? そんなはず……」
「ヴァルカンと住んでいた家に元々は家族で住んでいたのですよ。知らないはずがないでしょう。殺されたのではなく、旅行中の事故で亡くなったと伝えてありますが、あなたが悲しむといけないからと、ルディア様が口止めされたのですよ。頭を下げてまでね」
「ルディア様が!?」
「あの一件から一年━━いえ、二年足らずでしたか。言われていた通りルディア様は病に倒れられ、そのままお亡くなりになりました。その後、長い間ダルメキア中が悲しみに包まれたのはあなたも聞いているでしょう。それだけ慕われていた方が村中の人を集めて頭を下げられたのです。口が裂けても言えなかったでしょうね」
「親の話になるとみんなよそよそしくなると思っていたけど、そう言う事か……」
アインベルクは錫杖をその場に突き立てる。
「アルシオンボルトーア!」
錫杖の前に魔獣召喚陣が現れ、その場で印を組む。
「魔界に住みし氷の魔獣よ。開かれし門を潜り出でて我が命に従え」
両手の印が形を変える。
「出でよ、氷魔獣グラート!」
魔獣召喚陣が光を増し、炎魔獣のフラントの氷魔獣版とも言うべき大柄な体を氷で覆われた氷魔獣のグラートが二匹、続けて姿を現した。
「さあ、グラート達よ。頼みますよ」
アインベルクの指示で、グラートはそれぞれがフラムの両親の亡き骸をその背に乗せ、ヴァルカンが眠る墓地へと運んだ。
ダリルはアインベルクに終始恐縮していたが、事情を聴いて村人達と共に立派な墓を作ってやるとフラムに約束してくれた。
勿論ケイハルトに殺されたのではなく、旅先で見つからなかった亡き骸が出て来たと取りなしたのだが、涼しい場所にあって腐敗が進まなかったと言う嘘は信じたかどうか。
フラムはせめて埋葬までは手伝って行きたかった所だが、世界会議の事もあり、後をダリルに任せ、アインベルクと共にその場を離れた。
「父さん、母さん、必ず報告に帰って来ます」
そう言い残して。




