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炎の魔獣召喚士  作者: 平岡春太
 第五章 交差する過去

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 第三話 大賢人の涙

 最後に残ったライジャットを伴い、血に塗れた剣を握るケイハルトが洞窟の奥へと歩みを進めると、ハイハイしながら更に奥へと行こうとしているフラムの姿を捉えた。


「ライジャットに食べさせるか。いや、親と同じこの剣で斬ってこそか」


 さっきの場所よりも少し温度が上がっているようだが、狂気に走るケイハルトはまるで気にする様子もない。

 ゆっくりとながらもフラムとの差を直ぐに縮めて行く。そして、


「さあ、お前も両親の元へ送ってやろう」


 血に染まる剣を振り上げる。しかし、


「ケイハルト!!!!」


 飛んで来た怒号とも言うべき大声に、狂気の剣は振り下ろされなかった。

 聞き覚えがあるその声に、驚きの顔を振り向けたその先には、烈火の如くその顔を怒りに染めた大柄な男が立っていた。その背には、体にも負けぬ大剣を背負っている。


「父上!?」


 現れた男は、ケイハルトとエルベルトの父であり、フラムの祖父でもあり、そして大賢人と呼ばれるルディアその人であった。


「お前、今、それは何をしようとしている?」


 ルディアの言葉には明らかな怒りが感じ取れた。

 ケイハルトの横にいるライジャットも気圧(けお)され、少し震えている様にも見える。


「いえ、これは。それより父上はどうしてここに?」

「今日はエルベルト達に食事に誘われておったのだ。着いてみれば誰も家にはおらず、こんな物が家の中に落ちておった」


 ルディアが上げた手には、エルベルト達が見た矢文が握られている。


「この先に倒れていたエルベルト達をやったのはお前だな。その上フラムまでその手に掛けようとは、お前と言う奴は!」


 度重なるルディアの大声に驚いてか、座り込んでいたフラムが泣き始めた。


何故(なにゆえ)こんな事を━━いや、どんな理由があろうと、して良い事では断じてない!」


 恐れの反動か、それとも主人を守る為か、震えていた様にも見えたライジャットがルディアに向かって駆け出した。


「ライジャット、止めよ!」


 ケイハルトが呼び止める時には既にルディアに飛び掛かっていた。しかし、突然生じた突風と共にライジャットは吹っ飛ばされ、その体は真っ二つになってしまった。

 いつ鞘から抜き放ったのか、ルディアは背中にあった大剣を両手で握って構えていた。

 斬ったのか、それとも激しい風圧で裂けたのか、

それさえも分からない。


「もはやこれまでか!」


 ケイハルトも駆け出し、ルディアに斬り掛かる。

 一撃、更に一撃、次々と繰り出される一撃は目にも留まらぬ速さであったが、ルディアは重いはずの大剣を余り動かす事なく軽々と跳ね返す。それも、その場から殆んど動いていない。

 一振り━━大剣の一振りが空気を裂く大きな音を立てると共に金属音を奏で、飛ばされたケイハルトの剣が少し離れた地面に突き刺さる。

 無防備となったケイハルトに、ルディアの大剣が振り上げられる。しかしその時、ルディアの体に異変が生じた。

 口から冷気が洩れ、耳からは炎が噴き出し、その身に風が纏い始めた。


「いかん……」


 その姿を見たケイハルトは、悪辣(あくらつ)な笑みを見せる。


「さあ、斬るなら斬ればいい。父上が属性の暴走を起こせばどうなるでしょうね? さあ、どうします、父上?」


 剣を振り下ろせぬ自分への不甲斐なさか、震え出したその手でルディアが大剣をその場に突き刺すと、体の異変は収まった。


「怒りに溺れた今の状態では俺は斬れない。しかし、俺はあんたを斬る事が出来る。こんな皮肉な話があるか?」


 ケイハルトは地面に刺さっている自らの剣に向かって歩み出した。しかし、直ぐにその歩みは止まってしまった。

 訝しげにその視線を下ろすと、下半身が氷に包まれている。振り返ったその先には、ルディアが地面に突き刺した大剣から氷の道が続いていた。


「殺せぬのなら、何も出来ぬように閉じ込めるまでよ!」

「父上、お待ちを!」


 その言葉を最後にケイハルトの体は一気に氷に包まれ、フラムの両親が閉じ込められていたのと同じ氷の壁が出来上がった。


「簡単には出られはせぬその氷の中で、お己が犯した所業を悔いて生きるがいい」


 大剣を引き抜き、背中の鞘に戻したルディアは、フラムに歩み寄る。

 泣き疲れてしまったのか、フラムは涙で顔を濡らしたまま、いつの間にかその場で眠ってしまっていた。

 その姿に、ルディアの目からは止めどない涙が流れ落ちる。


「おお、フラムよ……」


 崩れ落ちるようにその場にゆっくりと両膝を突いたルディアは、震える両手を伸ばしてフラムを抱き上げ、小さなその体を潰してしまわぬ様に優しく胸元で抱き留めた。


「何故にこうなってしまったのか。不甲斐ないこのじいじを許しておくれ。いや、許さずとも良い。済まぬ……済まぬ……済まぬ…………」


 何度謝っても許される事のない出来事に、ルディアは大粒の涙を流しながらただただ謝り続けた。

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