第二話 非情なる男
小高い丘の上にひっそりと建つ小さな家があった。
家の中では一人の女性が炊事場で忙しなく料理を作っている。
「今日は随分と張り切っているな」
テーブルの席に座っている男が声を掛ける。
「だって、今日はルディア様が夕食を食べに来て下さるんでしょう。腕を振るわないと」
「まだ朝だぞ」
「他にもする事があるし、仕込みだけでもしておかないと。あなたも、今日は早く帰って来て下さいよ」
「はいはい、分かってますよ。なあ、フラム」
テーブルの上では、まだ幼いフラムが嬉しそうにハイハイで動き廻っている。
父であるエルベルト、母であるリーズ、そして幼きフラムと、絵に描いたような幸せな家庭がそこにあった。
いつもとは違う異変が起こったのは、その日の昼を超えてからの事だった。
リーズに釘を刺された事もあり、腰に帯剣しているエルベルトがいつもより早く仕事から戻って来て家のドアをノックしようとした時、先にドアが開き、リーズが飛び出して来た。
「あなた!」
「どうしたんだ、そんな血相を変えて?」
「大変なんです! フラムが! フラムが!」
「少し落ち着け。フラムが一体どうしたんだ?」
「料理の支度を終えて洗濯をしたんですが、洗濯物を干し終えて周りを見たらフラムの姿がなくて。必死になって家の周りを探していたら、家の壁に矢が刺さっていて、その矢にこんな文が」
「矢文?」
リーズが差し出した紙を、エルベルトは奪うように受け取り、そこに書かれている字を慌てて読む。
「娘は預かった。返して欲しくばカチャッカ火山の麓にある洞窟の奥まで夫婦揃って来い……誘拐された? 誰が一体こんな事を……」
飛び出そうとしたエルベルトの腕を慌ててリーズが掴んで止める。
「私も一緒に」
「しかし、危険が……」
「文には夫婦揃ってと書いてあります。フラムに何かあるといけません」
「……分かった。俺から絶対に離れるなよ」
リーズは真剣な面持ちで頷いた。
指定されたカチャッカ山の麓にある洞窟の入り口までは急いで向かったエルベルトとリーズだが、洞窟の中に入ってからは、慎重に歩みを進めた。
発光する鉱石が多くある為にいつもならさほど暗く感じない洞窟だが、この日はいやに暗く感じられる。
その明かりも兼ねてか、入り口付近で召喚したフラントを身を守る為に先導役として前を歩かせている。
二人の間に言葉はなく、心配げな面持ちのまま奥へと歩みを進めると、少し開けた場所に出た。
「フラム!」
飛び出そうとしたリーズを、その腕を掴んでエルベルトが止める。
前方には、地面に座っているフラムの姿があるが、その直ぐ傍に顔の目から下を黒い布で覆い隠している男が立っている。
「お前は何者だ? 何故こんな事をする?」
エルベルトは冷静を装いつつも、その語気を強める。
男は何も答えなかったが、布から出ているその眼だけでも分かるような笑みを見せた刹那、岩や石の柱の陰から三匹のライジャットが飛び出て来てエルベルト達に襲い掛かって来た。
一匹のライジャットはフラントと取っ組み合いとなって地面を転がり、更に一匹はエルベルトに襲い掛かったものの抜き様の剣に真っ二つにされた。しかし、残った一匹の爪が、リーズの体を引き裂いた。
「リーズ!!」
悲痛な声を上げたエルベルトに、隙が生まれた瞬間だった。
いつ迫っていたのか、突然目の前に現れた
顔を半分隠した男が持つ剣が、エルベルトの腹部を刺し貫いていた。
「甘いぞ、エルベルト」
「その声、まさか!」
男の顔を覆う布を掴んでその場に倒れたエルベルトは、布を剥ぎ取られて露わになったケイハルトの顔に驚愕する。
肌は爛れておらず、左腕もある。
「に、兄さん……ど、どうしてこんな事を……」
エルベルトが訊ね掛けるも、その答えを聞く事なく絶命してしまった。
「お前のその才能が━━いや、その存在そのものが不快なのだ」
ケイハルトの背後からライジャットを屠ったフラントが飛び掛かって来たが、素早く振り返ったケイハルトの一刀の下に首を斬り落とされた。
更に虫の息で倒れているリーズに歩み寄り、
「フラム……フラム……」
「安心しろ。直ぐに会わせてやる。エルベルトと共に待っていろ」
迷う事なく止めを刺した。
「さて、後は子供を殺して入り口を塞いでしまえば全ては闇の中だ……ん?」
先程まであったフラムの姿がその場から消えていた。




