第七話 交渉成立
村長は血相を変え、ラルヴァが居るはずの部屋に向かった。
「ラルヴァさん、盗賊団が来ましたよ! 出て来て下さい!」
何度呼んでも返事すらなく、ドアを叩くも全く応答がない。
仕方なくドアを開け放ったが、明かりが灯っていない部屋、綺麗に整頓されたベッド、開け放たれた窓を見て全てを悟り、愕然と膝から床に崩れ落ちた。
「騙された……これでもう村は終わりだ…………」
暫くへたり込んだまま絶望感に苛まれた村長は、ゆっくりと立ち上がり、呆然としたままゆっくりと部屋に入る。
どうしようもなく、拳を握って打ち震える中、
「お父さん!」
聞こえて来た声に後ろを振り返る。
部屋の入り口に立っているウィルの姿に、思わず流しそうになった涙を何とか堪える。
「ウィルか。お前が言っていた事が正しかったよ。あのラルヴァと言う魔獣召喚士は役に立たない人間だったよ。いや、それどころかお金を持って逃げてしまった。これでもう、村はおしまいだ」
「そんな事ないさ。こんな事があるかもしれないからって、お姉ちゃんが残っていてくれたんだ」
「お姉ちゃん?」
ドアの陰からフラムが姿を見せた。その肩には、いつものようにぱるがとまっている。
「あなたは確か……」
「昼間に紹介した魔獣召喚士のフラムさんだよ。剣士のフリードさんが居なかったのは残念だけど……」
「あのキザ男、諦めないって言ってたくせに、結局居なくなるんだから、口だけの男だったって事よね」
「まあまあ。でも、お姉ちゃんだけでも残ってくれたんだ。これで村も安心だよ。ねえ、お姉ちゃん?」
「任せなさい」
それでも村長は素直に喜べなかった。
「残ってくれたのは嬉しいが、逃げた魔獣召喚士に渡したお金は村中からかき集めたものだ。もうこれ以上、人を雇うお金は残っとらんのだ」
「そう、確かにタダ働きって言うのもね……」
「そんな……」
全員が肩を落としたその時、
「金ならここにあるぜ」
開け放たれた窓から、声と共にフリードが飛び込んで来た。そのまま村長に歩み寄り、ラルヴァから奪い返した金貨が入った袋を渡す。
「これは、儂があの魔獣召喚士に渡したお金だ」
「さっき逃げようとした所をとっちめて、取り返してやったのさ」
「お兄ちゃんもちゃんと残っててくれたんだ」
「もちろんさ。口だけの男とは思われたくないんでな」
「あれ? もしかしてさっきの言ってた事聞いていたの? ちょっと、そこに居たならとっとと出てきなさいよね」
「おいおい、サギ男だ、口だけの男だって言われて、普通出て行けるか?」
照れ隠しの逆ギレも、そう言われては押し黙るしかない。
そんな中、お金が戻って来たはずの村長は、まだ浮かない顔をしていた。
「ただ困ったな。このお金は一人分として用意した金だ。もうこれ以上、村にお金はありはしないし、わざわざ残っていただいているのに、どちらかだけ雇うと言うのも酷でもあるし、半分で納得していただくのも……」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん……」
親子揃ってすがるような目をフラムとフリードに向ける。
「ちょっと、ちょっと、そう言う目で見るのは止めてよね。そうだ、もしその倍のお金を払う気があるなら、こう言うのはどう。今はそのお金を半分ずつ貰うとして、盗賊団を片付けて奪われた金品を取り戻す事が出来たら、そこから残りのお金を払うって言うのは?」
「そうして貰えるのなら、こっちにとっても願ってもない事だが」
村長の視線が、フリードに移る。
「俺も別に構わないぜ。どうせ金が入るんならな」
話がまとまりかけたその時、
「村長! た、大変だ!」
大声と共に、家のドアを激しく叩く音が聞こえて来た。
その場に居る全員が急ぎ外へと向かうと、ドアを出たそこに一人の村人が立っていた。
「お、お前、その腕は!?」
村人の右腕が分厚い氷に包まれているのに、村長は目を丸くする。
「氷魔獣にやられたのね」
村長の後ろから出て来たフラムは、村人の凍っている右手を持ち上げ、横にして静止する。
「このまま動かさないでね。パル、お願い」
「任せるでヤンス」
「ま、魔獣が喋った!?」
思わず声を上げた村人だけでなく、村長もまた目を丸くする。
「まあまあ、その説明は後で。さあ、パル」
パルがフラムの肩にとまったままで、大きく口を開けと共に、フラムは村人の腕から手を放し、入れ替わるようにパルの口から吐かれた炎が村人の腕を包む。
「動かさないで!」
驚いた村人が思わず腕を振ろうとしたのを、フラムの声が止めた。
炎は直ぐに消え、村人に火傷を負わすことなく、腕を包んでいた氷だけを溶かしていた。
パルは自慢気に胸を張る。
「その喋る魔獣は━━いや、それよりも。おい、いつまで腕を見ているんだ。一体何があった?」
「それが、盗賊団が新しく連れて来た魔獣にやられたんです」
「やられた? 今まで村人には一切手を出さなかったのに、どうして?」
「とりあえず、早く行った方がよさそうね」
「お二方、頼みます」
村長はフラムとフリードに頭を下げる。そして、腕を凍らされた村人の先導で、その場の全員が後に続いた。