第六話 手掛かり
驚いたまま立ち尽くすフラムの視線の先には、薄汚れたローブを纏った年配の男が歩いていた。
「フラム、あの男は!」
パルもまた、その男を見て驚く。
「ええ、忘れもしない。あの時の男だわ」
「な、な、何をするでヤンス?」
急に険しい顔になったフラムは、パルの体を掴んで、訳が分からずに戸惑っているシャルロアの肩に乗せる。
「あんたはシャルロアを連れて宿屋に戻って」
「フラム!」
「ちゃんと戻るから!」
パルが呼び止めようとするも、フラムは慌てた様子で人ごみの中に消えて行った。
後を追おうとするも、シャルロアを一人にする訳にもいかず、パルは歯噛みするしかない。
「フラムさんはどうなさったんですか?」
「唯一の手掛かりでヤンス」
フラムはローブの男に気付かれないように、一定の距離を取りつつ人ごみに紛れながら後を追っていた。
ローブの男は歩みを止める事なく街の奥へと進んで行く。やがて人の数は疎らとなり、閑散とした場所に出る。
隠れる場所は人から建物の物陰に変わるが、少しずつ距離が離れて行く。もどかしさが募るものの、バレては元も子もなく、焦る気持ちを抑えて後を付けて行く。
狭い路地に男が曲がった所で、フラムは差を縮めようと小走りに路地に近寄り、覗き込んだが、曲がったばかりの男の姿がない。しかもその先は、袋小路になっている。
ゆっくりと路地に入り、行き止まりまで行ってみるが、途中で入る場所もなく、壁を上る余地も、魔獣を召喚する時間もなかったはずだ。
「消えた……?」
「誰かお探しかな?」
後ろから唐突に声を掛けられ、振り返ると、見失ったはずの男が立っていた。
「どうして……いえ、丁度いいわ。探してたのはあんたよ」
「私ですか? ほう、何処かでお会いしましたかな?」
「そっちが忘れてても、こっちははっきりと覚えているわ。あの男は何処に居るの?」
「あの男?」
「ケルハイトよ」
「ケルハイト? あの五賢人であり、雷の魔獣召喚士ですか。確か死んだと聞きましたが」
「惚けるんじゃないわよ。あの時あんたが連れて行った光景を、昨日のように思い出せるわ」
男は小さく笑いを洩らす。
「そうですか。あの時ヴァルカンと居たお嬢さんでしたか。まさかこんな所で出会うとは、奇遇ですね」
「ふん、白々しい。この二年近く、ずっと探し廻っていたのよ。絶対にケルハイトの居場所を教えて貰いますからね」
「困りましたね。私も忙しい身なので、あなたの相手をしている時間はないのですよ」
男が軽く指を弾いて音を鳴らすと、地面や壁のあちらこちらに漆黒の魔獣召喚陣の様なものが現れ、そこから漆黒の魔獣が次々と姿を現した。
「召喚術も唱えずに魔獣を? いえ、そもそもそいつらは魔獣なの? 見た事もないわ」
「確かに魔獣ですよ。但し、一度死んでいて、命を持っていませんが。そうですね……そう、謂わば死魔獣と言った所ですかね」
よく見れば、現れた魔獣達の顔に生気が感じられない。
「死魔獣ですって? 魔獣の属性は六つのはずよ」
「魔界にはまだまだ知られざる魔獣が居ると言う事ですよ。あの大賢人のルディアでさえね。では、私はこれで失礼しますよ」
男が地面にある漆黒の魔獣召喚陣の一つの上に立つと、その姿が召喚陣の中に沈み始めた。
「待ちなさい!」
フラムが前に出るのを、漆黒の死魔獣達が立ち塞がって止める。
「また会えるのを楽しみにしていますよ。生きていればですがね」
男の姿が完全に召喚陣の中に消えると、その召喚陣共々、他の召喚陣も消え去った。
フラムは苦々しく歯噛みする。
「せっかくの手掛かりに逃げられたわ。そう言えば、あの時もケルハイトと一緒にあんな消え方をしてたっけ。あいつ一体━━いえ、あいつの言うとおり、ここで死んだら元も子もないわね」
剣を抜くと同時に、今まで威嚇するように唸っていた死魔獣が、次々とフラムに襲い掛かって来た。
素早い動きにも焦らずにフラムは身を翻しつつその牙や爪を躱し、一匹また一匹と斬り捨て、魔獣の間を駆け抜けて行く。
全ての魔獣が倒れ伏すのに、そう時間は掛からなかった。
「名前倒れね。大した事ないじゃないの」
得意気な顔を後ろに振り向けた時、目の前で考えられない事が起こった。
倒れている魔獣達の傷口が徐々に塞がり、何事もなかったように立ち上がって来たのだ。
得意気だったその顔は、直ぐに驚きへと取って代わっていた。




