第六話 剣士たる者
辺りはすっかり暗くなり、空には幾つもの星が輝き、三日月が微かな光で地上を照らしている。
フラムとフリードが自腹で村の宿屋に泊まっているのに対して、ラルヴァは村長の家で豪華な食事をがっつくように食べていた。
盗賊団に二度も食糧を持って行かれていると言うのに、これだけの料理が出せるのは、村人達の好意で集められ、それだけラルヴァに村の命運を賭けている証拠であろう。
遠慮もなく料理が次々とラルヴァの胃袋に消えて行く様を、ウィルの両親もさすがに呆れ顔で見ているしかなく、少し離れた所から見ているウィルは、渋い顔を横に振っていた。
ラルヴァが食事を終えるのを見計らって、村長が片手に乗る程の少し膨らんだ袋を持って来て、ラルヴァに手渡した。
「頼みますよ、ラルヴァさん」
ラルヴァは袋の口を少し広げ、中を覗き込んでびっしりと入っている金貨を見てニンマリと顔を綻ばせる。
「任せなさい。これでもう村は安心だ。それじゃあ私は、盗賊団が来るまで一休みさせて貰おうかな」
席を立ったラルヴァは、自分の為に用意された部屋に向かった。
部屋に入るなり、ドアに耳を寄せ、聞き耳を立てる。そして、悪辣な笑みを見せるなり、足音を立てないように奥にある窓へと歩み寄る。
窓を開け、慎重に周りを見渡して、人が居ないのを確認してから、覚束ない動きで外に出た。
余り大きくならないように注意しつつ指笛を吹くと、暫くしてラルヴァが連れていたギュームが姿を見せた。
「さて、次のカモを探しに行くか」
ギュームを繋いでいる鎖を拾い上げ、歩み出す。しかし、
「何処に行くつもりだ? まだ盗賊団は来ていないぞ」
後方から聞こえて来た声に驚き、慌てて振り返る。
「誰だ?」
建物の陰から姿を見せたのは、フリードだった。
「き、貴様は確か、村長のガキが連れて来たって言う剣士」
「金だけ貰ってトンズラか。どうせそんな事だろうと思ってここで張ってたのさ」
「畜生、バレてやがったのか。くっそ、こうなったら」
ラルヴァはギュームから鎖を外す。
「行け、魔獣よ。あいつを食い殺せ」
奇声を上げたギュームは、素早い動きでフリードに駆け寄り、頭部の無数の歯でフリードに噛み掛かった。しかし、歯は空振り、その視界から、そしてラルヴァの視界からも、フリードの姿が消えた。
ラルヴァが真上に飛び上がったフリードの姿を認めた時には、いつ抜き放ったのか、握られた剣を閃かせてギュームの前に片膝を地面に落としつつ着地した。
フリードの姿を求めて忙しく辺りを見廻していたギュームが動きを止めた刹那、その体は真っ二つになって崩れ落ちた。
ゆっくりと立ち上がったフリードは、体を震わせているラルヴァに向かって歩み出す。
「く、来るな」
ラルヴァは慌てて剣を抜き、大きく左右に振り廻すが、歩み寄って来たフリードに、剣で簡単に弾き飛ばされてしまった
フリードに剣の切っ先を向けられ、腰砕ける形で地面に尻餅を突く。
「俺を殺そうって言うなら、もっとましな魔獣を召喚するんだったな」
ラルヴァは素早く土下座する。
「ご、ごめんなさい。殺さないで。俺は本当は魔獣召喚士じゃないんだ」
「魔獣召喚士じゃない?」
「そうだ。俺は元々あんたと同じ剣士なんだ。大した腕もないもんで、剣では稼げないし、野生化した魔獣を調教して魔獣召喚士のまねごとをしていただけなんだ。ただ、元々剣の腕もないから大した魔獣を調教する事も出来ないし、こうやって逃げるしか━━ああ、そうだ。あんた、俺と組まないか? あんたは俺よりずっと強いし、もっと強い魔獣を調教すれば、もっと儲かるぜ」
「ほう、俺にも魔獣召喚士のまねごとをしろと? ふざけるな!」
フリードの怒号に、ラルヴァの体がまた震え出す。
「いくらお前のように弱くとも、決してサギや泥棒のようなまねごとはしない。それが剣士の誇りと言うものだろう」
フリードは剣を鞘に収める。
「お前のような奴を斬ったら、それこそ剣士の名折れだ。貰った物を置いて、とっとと村から出て行け」
ラルヴァは震える手で懐を探り、村長から渡された袋を出してその場に置き、そそくさと立ち上がって走り去って行った。
フリードはラルヴァが置いていった袋を拾い上げると、地面に置き去りにされたラルヴァの剣に目を移す。
「本当の剣士なら自分の剣を忘れたりしないぞ」
その口から溜め息が洩れた時、村中にけたたましい鐘の音が響き渡った。