第十四話 甦る悪夢
「お~、さぶ! ドゥーブで飛び上がっただけなのに、かなり寒いわね」
「でヤンス」
「フラムさん!」
今まで塞ぎ込んでいたシャルロアが、嬉々とした笑みを見せる。
「シャルロア、それは飲んでないわね?」
「飲んでいませんが、何か?」
「どうやら間に合ったようね」
「あの女、また邪魔を」
「エドアール、知り合いなのか?」
「父上も会っている人間ですよ。随分と前にヴァルカン様が母上に会う為に連れて来たあのじゃじゃ馬娘です」
「ほう、あの時の娘か。随分と大きくなったものだ」
「感心している場合じゃありませんよ。あいつはシャルロアの結婚を壊そうとしているのですよ」
「何、それは困るな」
「誰だお前は! 邪魔をするな!」
声を荒げたのはアドルフォ王子だ。
「あんたね。飲み物に惚れ薬なんか入れる心も醜い王子ってのは」
「惚れ薬?」
その場の視線がシャルロアの持つグラスに集まる。
「な、な、何の事だ。何を証拠にそんな事を言う」
アドルフォは露骨に動揺を見せる。が、
「誠に御座います。王子様がそんな事をするはずがありません。あんな怪しい奴の話など、嘘に決まってます」
「そうです。私の可愛いアドルフォちゃんがそんな事をするはずがありませんわ」
ダルガンの弁明に王妃が乗る。
「嘘だと言うならあんたがそれを飲んでみたらどう? そうね、後ろに居るおっさんでも見ながら飲んでみるのもいいわね」
「お、おっさん!?」
アドルフォは苦虫を噛み潰したような顔で、返す言葉もない。
「どうすんの、エドアール。あんたも私よりそっちを信じるわけ?」
「試してみれば分かる事だ」
立ち上がったエドアールは、シャルロアが持つグラスを奪うと、近くに立つ兵士に歩み寄る。
「飲んでみろ」
「私がですか?」
兵士は嫌がるも、エドアールの圧に押され、恐る恐るグラスを受け取り、一度生唾を飲み込んでからグラスに注がれた飲み物を一気に飲み干した。
透かさずエドアールは、近くに立つもう一人の兵士の腕を取り、飲み物を飲み干した兵士の前に立たせた。
思わず目の前に連れて来られた兵士を見たグラスを持つ兵士は、グラスを放り出すなり目の前の兵士に抱き着いた。
「あ~、愛しい人よ」
抱き着かれた兵士が、必死になって引き離そうとするが、全く離れようとしない。
「どう、それで信用した?」
その場の非難の目が一斉にアドルフォに向けられる中、アドルフォは悔しそうにテーブルを叩く。
「ええい、もう少しだったのに。どうして惚れ薬が入っていると分かったんだ?」
「いや、それは……あ、そうそう、仲介所にあんたの名前がある依頼書を見たのよ。そこに書かれた取集素材の名前をアインベルク様に話したら、惚れ薬の材料じゃないかって言われて、こうやって飛んで来たわけよ」
「本当の事は言えないでヤンスね」
「あんたは黙ってなさい」
フラムはパルの顎を拳でぐりぐりする。
「これはどういう事ですか? 策略を持って自分の物にしようとする者に、娘は嫁がせる訳には行きませんぞ」
「これは、その……」
アガレスタの王と王妃も返す言葉なく、畏まってしまった。
「いやはや、それでは困るんですよ。わざわざ馬鹿な王子に惚れ薬の話までしてずっと前から計画をして来たと言うのに、余計な邪魔をしてくれる。全てが台無しではないか」
ダルガンに怒りの目を向けられ、フラムは一瞬怯むが、その声に違和感を覚える。
「あの声、どっかで聞いたような……」
「ダルガン、今の言葉、捨て置けませんよ。私の可愛いアドルフォちゃんを馬鹿王子などと」
「可愛いだと? ほざくな。もう少しでも凛々しくてアルファンドの姫を策なく嫁に出来ていれば、後は容易く二つの国が手に入ったかもしれぬと言うのに」
「貴様、少し前に声が変わってからおかしいと思っておったが、反逆心を抱いておったのか。お前達、何をしておる。そ奴を早く捕まえぬか!」
アガレスタ王の命に、アガレスタの兵士達が一斉に動き出す。
「仕様がない」
ダルガンがすっと上げた右腕には、豪奢な腕輪が嵌められているが、そこから無数の触手が飛び出し、走り寄って来た兵士達の体に巻き付いて拘束する。
「あいつ!?」
触手はアガレスタの王と王妃、アドルフォの体をも拘束する。
更にアルファンド王と、シャルロアにも襲い掛かる。
二人は思わず目を瞑ってしまった。




