第十二話 あの時の
朝を迎え、朝食で顔を合わせてもやはりフラムとアインベルクの間に会話はなかった。ただ、相変わらず食欲だけは変わらない。
淡々とした食事が終わり、アインベルクのルーティンでもある食後の紅茶の時間が静けさを増す中、静寂は破られた。
「女王様、大変に御座います!」
執事の一人が、慌てた様子で部屋に駆け込んで来た。
「何ですか、騒がしい。ティータイムが終わるまでは静かになさいと言いつけてあるはずですよ」
「申し訳御座いません。ですが、緊急事態なので」
「緊急事態? 何です?」
「はい、つい先頃、アルファンドの連絡用のサウロンが、この文を咥えて参りまして。王様付きのセベステスからです」
アインベルクは、執事から手渡された文を広げて黙読し始めたが、涼しかったその顔が一瞬だけ怒りを見せる。
「全く、あの頑固オヤジと来たら……」
「どうなさったんです?」
さすがに只事ではないと、フラムが訊く。
「シャルロアが城を逃げ出した事で焦ったのでしょう。あの頑固オヤジ、結婚を早める為にアガレスタ国のアドルフォ王子を城に呼び寄せたようですね」
「だからいいんですかって言ったじゃないですか」
「大丈夫ですよ。いくら何でも私抜きでその場で結婚という話にはならないでしょうし、いざとなればもう一人のシャルロアが」
「もう一人のシャルロア?」
「いえ、それは良いのです。ただ、絶対にあんな不細工にお母様など呼ばれたくはありませんからね」
「結局そこなのね。そんなにダメなんですか、そのアガレスタ国のアド━━あれ? アガレスタって、何処かで聞いたような……」
「オイラも聞き覚えがあるでヤンス……あ! フラム、あれでヤンスよ。ついこの間にやった、あの大変だった依頼書の依頼主でヤンス」
「ああ、あれは大変だったわよ。フリゴメの髭にリンディアの尻尾、それにライジャットの牙って、採集するだけでも大変なのに、全て特異種だったから。その上、邪魔まで居たしね」
「お待ちなさい。その三つの素材って、確か……カタリナ、今直ぐに書庫に行って、調合書の第十五巻を持って来てちょうだい」
世話係の一人が礼をしてからそそくさと部屋から出て行ったかと思うと、さしたる時間も掛けずに『調合書 第十五巻』と書かれた大きな書物を持って戻って来て、それをアインベルクに手渡した。
「どうかしたんですか?」
「今あなたが言った三つの素材に、覚えがあるんですよ」
「そう言えばアインベルク様は調合師としても第一人者であられるんでしたっけ」
アインベルクは次々と調合書のページを捲って行く。
「……やっぱり、その三つで調合されるのは、惚れ薬です」
「惚れ薬!?」
「それを飲んだ後に初めて見た相手を好きになると言う事です。特異種の素材を選んだのは、より効力が得られるからでしょうね」
「じゃあ、そのアドルフォって言う王子、その惚れ薬を使ってシャルロアを」
「困った事になりましたね。さすがにシャルロア本人が結婚を認めてしまっては、私が反対してもあの頑固オヤジは結婚を進めてしまうでしょうし」
「何て奴よ。薬を使って自分のものにしようとするなんて、顔だけじゃなくて心まで不細工なのね」
「何を言ってるんです。あなたはその片棒を担いでいた訳ですよ」
「あ! いや、でもそれは、惚れ薬に使うものだと知らなかったものですから」
「知らなかったら良いのですか?」
返す言葉もなく、フラムは深い溜息を洩らす。
「分かりましたよ。何とか阻止すればいいんでしょう」
「当然です。もし失敗する事でもあれば、ちゃんと責任は取って貰いますよ。パルちゃん、あなたもですからね」
「オイラもでヤンスか!?」
「はあ~、何やら大変なことになって来たわね」
「一応私が許可出来る通行証を渡しておきます。ただ、こういう事態ですから、私の息が掛かった者を城に入れるかどうか分かりませんが」
「恐らく強引に入るしかないって事ですね」
フラムは憂鬱に駆られながら部屋を出て、アルファンド城に向かう準備を進めた。
その間に、アルファンド城に入る通行証と、ボロンゴが二頭立てになった馬車が用意された。
「フラムとパルなら大丈夫でしょうが、あんなお馬鹿そうな王子が惚れ薬の調合を知っているのでしょうか。少し気になりますね……」
アインベルクは一抹の不安を覚えていた。




