第五話 もう一人の魔獣召喚士
ウィルの案内で村の中央にある広場にやって来た時には、黒山の人だかりが出来ていた。
とても分け入って行けそうもないので、広場に隣接している宿屋にウィルの伝を使って二階に上がり、広場を望める窓から見下ろした。
「僕を連れて来てよかったでしょう」
責任を感じて少し落ち込んだ様子だったウィルが見せた笑みに、フラムとフリードは少しホッとした。
見下ろした広場に出来ている人だかりはドーナツ状になっており、輪の中央には恰幅のいい鼻の下に髭を蓄えた男と、その隣に鎖で繋がれたギュームを連れた男が立っている。
ギュームを連れているのが魔獣召喚士だとすると、その隣に居るのがウィルの父親でありバルバゴの村長であろう。
「皆に集まって貰ったのは他でもない、盗賊団の事だ。村人は一人として殺されてはおらんが、今まで二度も来て沢山の金目の物や食糧を持って行かれてしまった。このまま度々来られては、村人全員が餓死してしまう。しかしもう安心してくれ。ここに居られる魔獣召喚士のラルヴァさんが、盗賊団退治してくださるからな」
「皆さん、安心して下さい。私が来たからにはもう大丈夫です。必ずや盗賊団を退治して見せましょう」
周りを囲む村人達の割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「なあフラム、あの魔獣召喚士どう思う?」
「馴れ馴れしく人の名前を呼ばないでよね」
「おいおい、まださっきの事怒ってるのか? たかが━━」
フラムの肘鉄がフリードの鳩尾にクリーンヒットし、フリードは顔をしかめて腹を押さえる。
「たかがですって? あんたにはたかがでも、私にとっては……私に…………」
「まさか、お前あれが━━」
今度は足を踏まれ、飛び上がる。
「本当にデリカシーもない奴でヤンス」
フラムの肩に乗るパルが溜め息を吐く。
「これ以上いったら、切り刻んでバラバラにしてやる」
冗談とも言えないフラムの怒りに満ちた顔に、フリードは少し後退る。
「分かった、分かった。もう言わないから。それよりどうなんだ、あの胡散臭い魔獣召喚士は? 盗賊団がどれ程のもんかは分からないが、俺の見立てだと盗賊団を退治するどころか追い払う事も出来そうになさそうなんだがな」
「それって本当? どうなの、お姉ちゃん」
フラムの怒りはまだ治まっていないようだったが、ウィルに聞かれては、一旦矛を収めるしかなかった。
「そうね。普通の人ならあのギュームは獰猛な魔獣に見えるかもしれないけど、魔獣召喚士からすれば、召喚する魔獣としては初歩も初歩の魔獣よ。これ見よがしにギュームを連れている所からして、他に召喚出来る魔獣も知れているだろうし、だとしたらフリードが言った通り、魔獣を連れている盗賊団をどうこうするなんて、とても無理でしょうね」
「そんな……」
ウィルはがっくりと肩を落とすも、意を決した顔をフラム達に向け、
「二人とも、ちょっとここで待ってて」
と言い残し、階段を駆け下りて行った。
フラムとフリードが窓から見下ろす中、宿屋の入り口から駆け出して来たウィルは、群がる人の壁に分け入ろうとするが、跳ね返される。
朝からウィルの姿がないと知っている村人がウィルに気付き、通してやってくれと何とか分かれた人垣の間を通り、村長と魔獣召喚士が居る人だかりの中央に躍り出た。
「ウィル!」
直ぐに村長がその姿に気付いて寄って来た。
「一体何処に行っていたんだ? 儂も母さんも心配していたんだぞ。早く家に帰りなさい」
「家にはちゃんと寄って来たよ。ここに来る事もちゃんとお母さんに言ってある」
「そうか、それならいいんだが」
「それより、そこに居る魔獣召喚士より頼りになる魔獣召喚士と剣士の二人を僕が連れて来たんだ」
「お前が? それも二人も?」
「うん、あそこに居る二人だよ」
ウィルが指し示す先を追って、宿屋の二階にある窓から広場を見下ろしているフラムとフリードに、その場に居る全ての視線が集まる。
「聞き捨てならないな、今の言葉」
ウィルの直ぐ後ろに、ラルヴァが立っていた。
「坊っちゃん、あんな小汚ない連中が俺より頼りになるっておっしゃるんですかい?」
「そうさ。だってお姉ちゃんは、あんたが連れてる━━」
ラルヴァの高笑いが、ウィルの言葉を遮る。
村人達の視線が今度はラルヴァに集まる。
「村長━━いや、皆さん。あそこに居る魔獣召喚士らしき小娘の肩にとまっている小さな魔獣と、私が連れているこの魔獣とでは、どちらが強いか一目瞭然でしょう。それに、盗賊団が魔獣を連れているなら、剣士なんか幾ら居ても頼りになんてなる訳がない。違いますか?」
最初は思案に暮れていた村人達も、徐々にラルヴァの賛同する声を上げ始め、次第に拍手まで鳴り出した。
「口だけは達者な奴だな。好き勝手な事を言ってくれやがる」
「そうでヤンス。オイラだって腹が空いてなかったら、ギュームなんかあいてにならないでヤンスよ」
「でも、見た目じゃあ完全に迫力負けしてるわね」
「フラム、それはないでヤンスよ」
「まあまあ、実力じゃあ確かにあんたの方が上よ。ただ、こうなったら私達が何を言っても聞き入れて貰えないでしょうね」
「だろうな」
少しして、沈んだ面持ちのウィルが戻って来た。
「ごめんなさい。お父さんだけでも分かってもらえたらと思ったんだけど、ダメだった」
「別にいいのよ。こんな事ざらにある事だから」
「でもどうする? 俺は諦めないぜ。どうせ盗賊団が来たら、あいつはボロをだすだろうからな」
「私だって諦めないわよ。あんな奴に任せてたら、魔獣召喚士の名折れだもの」
「本当に!」
沈んでいたウィルの顔に、希望の笑みが戻る。
「ええ、この宿に泊まるから、何かあったら呼びに来て」
「ありがとう」
「おいおい、俺も居るんだぜ」
「お兄ちゃんもありがとう」
「何かついでのように聞こえる気もするけど、まあいっか」
フリードは頭を掻く。
「それよりフラム、ここに泊まるって決めたなら、早くメシにするでヤンス。お腹が減って死にそうでヤンスよ」
「全くあんたは、だから頼りないって言われるのよ」
「頼りなくっても構わないでヤンス。メシ~」