第十話 探究者ルシェール
叢の中から姿を見せたのは、一見すると冒険家の身形をした高齢の男だった。
「声がするので来てみたら、どうせ目的はあの特異種のリンディアであろう」
「フラム、悪い人ではなさそうでヤンス」
「どうかしらね。姿を現すまで全く気配を感じなかったって事は、只者ではないって事よ」
「確かにそうでヤンス」
パルも身構える。
「ほう、喋る魔獣か。お前が握るその剣、何処ぞやで見た覚えがあると思えば、それにフラムと言う名、ヴァルカンとこのあのフラムか」
「どうして……ルシェール様?」
フラムの警戒感は一気に消え去り、いきなり駆け出したかと思うと、勢い良く男に抱き付いた。
「ルシェール様!」
「こら、離れんか。それに、その様と言うのも止めい」
「少し老いていたから分からなかった」
「失礼な事を平気で言いおるわい。お前こそ、随分と成長しおったから、分からなんだぞ」
「オイラは変わってないでヤンス」
「暫く会うてなかったのに、そこまで覚えておらんわい。とにかく離れんかい」
フラムはようやくルシェールから離れた。
「でも、何でこんな小さな島に?」
「儂が人嫌いなのはお前も知っておろう。まあ立ち話もなんじゃ、付いて来るがよい」
歩き始めたルシェールに、フラムは付いて行く。
「魔獣召喚士をお止めになったって聞いて心配していたんですよ。消息も分からないって言うし」
「儂は元々魔獣の研究がしたくてルディア様の下で働いていただけじゃ。それがどう言う訳か魔獣召喚士になってしもうただけで、魔獣召喚士に未練などもない。今こうして魔獣の研究をしておるのが本来の儂の姿じゃ」
「確かに大国立魔導図書館にある魔獣絡みの書物の大半がルシェール様がまとめた物ですもんね。そのおかげでどんな魔獣を召喚すればいいか分かるし」
「それが分かっとるなら、もう少し感謝せんかい」
「してますよ」
「どうでヤンスかね」
「何よ」
「相も変わらず仲がいいのぉ、お前たちは」
「何処がですか?」
「でヤンスよ」
「そういう所じゃよ」
やがて行く手にある崖に、大きく開いた洞穴が見えて来た。中には明かり用に火が灯されている。
「この穴はルシェール様が作ったんですか?」
「人工ではあるが、儂ではない。何処ぞやの魔獣召喚士が魔獣を召喚する練習にこの島を使っとったんだろう。野生化しても迷惑が掛からんようにな。それを今は使わせて貰っとると言う訳じゃ」
洞穴はそう奥までなく、突き当りには、生活に困らないものが揃っており、テーブルや椅子、少なからず家具もあり、普通の家の一室のようだ。
フラムとルシェールは向かい合うように椅子に座り、パルもフラムの肩から机の上に場所を移す。
「ずっとここに居られるんですか?」
「いや、長いのは長いが、そんな昔ではない。それまでは魔獣を探究する為にダルメキアを旅して廻っておったからな。その途中でこの島に寄ったのじゃが、人も居らず、何処ぞやの馬鹿達が野生化させた魔獣も多く、特異種も多い。儂にとっては天国じゃった。ただ、最近になって何故かあの特異種のリンディアの尻尾を求めて来る輩が多くなって来て、そろそろここも出て行こうと思っておったんじゃが。どうせお前も、ここに来たのは同じ理由じゃろう」
「図星だ……」
「それで、ヴァルカンはどうしておる?」
フラムの表情が急に曇る。
「その顔じゃと、殺されおったか」
「どうして?」
「ヴァルカンの剣をお前が持っておる事からして、死んだのは想像に難くないが、何故殺されたと思うかじゃな? まあ、勘と言えば勘じゃが、殺されたとすればあ奴か。まさかあそこから出てくるとはのぉ」
話を進めれば進める程に、フラムの表情は暗く沈んで行く。
パルも心配そうにフラムを見ているが、かける言葉も見当たらないようだ。
「これ以上は聞くまい。儂にはもう関係のない話じゃからのぉ。それより、お前がどれ程腕を上げたか、少し見てやっても良いぞ」
「ルシェール様が?」
「どうせリンディアの尻尾が目的であろう。丁度良い腕試しとなろう。こんな老いぼれが嫌なら別に断っても構わんが」
「いえ、とんでもない。是非とも!」
沈んでいたフラムの顔が笑みを取り戻し、今まで難しい表情を崩さなかったルシェールが、顔を綻ばせた。
「じゃあ早速」
「何を言っておる。今から始めれば、遅くなろう」
「そうでヤンスよ。こっちはもう、お腹がペコペコでヤンス」
「こ奴は未だに腹を空かしてばかりおるのか。困ったもんじゃのぉ」




