第九話 風の島
翌朝、前日に言っていた通り、フラムはアンチエゴ大滝の上部に上がり、人気の少ない場所で十匹のフリゴメを召喚し、滝に流れ込む川の中に放流した。
見送りも兼ねて、ディコも両親と共にフリゴメの放流を手伝ってくれたのだが、父親だけは、ポポの事もあって少し渋い顔をしていた。
「私、将来お姉ちゃんみたいな魔獣召喚士になりたい」
フラムが召喚したフィールの背に乗ろうとした時、ディコが唐突に切り出した。
「ディコ、何を言い出すの。あなた、剣すら持った事もないのに」
「ううん、そうじゃなくて。人に襲わない魔獣をいっぱい呼び出して、魔獣園を作りたいの。ポポみたいに魔獣は怖い魔獣だけじゃないんだって知ってもらいたくて」
「なるほどね。老後はそう言うのもいいかも」
「今から老後の話でヤンスか? ディコと違って、フラムはお金目的でヤンスね」
「何よ、悪い?」
フラムとパルの遣り取りに、ディコと両親はクスクスと笑う。
「まあ、今のポポが怖くないかどうかは分からないけど、そう言う魔獣を召喚するだけならディコでもきっと召喚士になれるわよ」
ディコと両親に見送られ、フラムを乗せたフィールは舞い上がった。
「さて、次はと。そうね、ここからだと……モカッサ島が近いわね。フィール、南に向かって」
フィールは一鳴きすると旋廻し、南に向かって飛び始めた。
少しすると海に出て、それほど遠くない場所に、ぽっかりと浮かぶ島が見えて来た。小高い山と森が広がるだけの小さな島だ。
「あそこがいいわね」
島の端にある開けた場所にフィールは舞い降り、直ぐにフラムが作った召喚陣の光の中に消えて行った。
「さてと、ここは確かリンディアの尻尾だったわよね。またでっかいのとかは勘弁して欲しいけど」
一抹の不安を感じつつフラムは目の前に広がる森の中に足を踏み入れた。先に進むにつれ、今まで吹いてなかった風を肌に感じるようになり、それが徐々に強くなって来る。
フラムの髪がなびく程に風が強まった時、森が終わり、フラムはその先に何かの気配を感じ、木の陰から様子を窺う。
森を抜けた先に切り立った崖があり、少し登った所に棚となった広いスペースに三匹の魔獣が眠っている。
「リンディアでヤンス」
リンディアの口から洩れる寝息は激しい風となり、辺りに吹き抜けて行く。フラムが今まで感じていた風も、その寝息だった。
「普通のようでヤンスね。あの尻尾を取ればいいでヤンスか?」
「いいえ、恐らくあの上の奴よ」
「上でヤンスか?」
三匹が眠る場所から更に少し登った場所に同じように棚になったスペースに、一匹のリンディアが別に眠っている。ただ、下に居る三匹とは違い、その肌は金色にも見える。
「あんな珍しいリンディア、他に居ないもの。それにしてもあの色、惹かれるわね」
「見世物にでもしようと考えてるでヤンスか?」
「鋭いわね。まあ、それはそれとして、尻尾を獲るのが先よ。今は幸い眠っているみたいだしね」
フラムはその場にしゃがもうとするが、
「ちょっと待つでヤンス。後ろから何か来るでヤンス」
「後ろ?」
フラムが感じていた振り返った先から地響きが聞こえて来たのも束の間、木々の奥から炎魔獣のバルンガの背に乗ったイグニアが姿を見せ、フラムに突っ込んで来た。
簡単にフラムに躱され、バルンガはそのまま森を抜けてようやく止まり、フラムの方に向き直る。
「またあんた。何処まで追ってくんのよ」
「あんたのせいで捕まっちゃって、こってり絞られちゃったわよ」
「何で私のせいなのよ。あれはあんた自身のせいでしょう」
「うるさいわね。もう依頼をあんたより先に済ますのはダメそうだから、邪魔してあげるわよ」
「何処まで意地が━━あ、後ろ」
「そんな古典的な嘘に乗らないわよ」
「信じないならそれでいいけど」
半信半疑ながらイグニアが後ろを振り返る。
「リンディア!?」
崖の上で眠っていたはずの三匹のリンディアがバルンガに乗るイグニアのすぐ後ろに並び、大きく口を開けていた。一斉に三匹の口から吐かれた息は、突風を巻き起こし、バルンガとイグニアを勢いよく吹き飛ばされてしまった。
イグニアとバルンガの姿は一瞬にして見えなくなってしまった。
「大丈夫でヤンスか?」
「まあ、島の周りは海だし、あの子は確か泳ぎは上手かったはずだから、死にはしないでしょう。それよりも、リンディアが起きちゃったって事の方が大変よ」
「ある意味、イグニアの邪魔は成功したって事でヤンスね。どうするでヤンス?」
「ここは一旦引くしかないわね。三匹相手じゃあ分が悪すぎるわ」
三匹のリンディアに見つかる前に、フラムは静かに下がりつつ森の奥に消えて行く。
「どうしたもんかな。また眠るのを待つにも、いつ眠るか分かんないし……」
腕を組み、少し俯きながら考え込むフラムだが、近くの叢がガサガサと音を立て、慌てて剣の柄に手を掛ける。
「誰!?」




