第三話 師匠からの依頼
「まさかこんな所でヒュービの目晦ましが役に立つなんて思わなかったわ」
「てっきり本気で遣り合うと思ったでヤンスよ」
「あんなバカに付き合ってたら、いくら時間があっても足りないわよ」
「フラムも大人になったでヤンスね」
「何偉そうに言ってんのよ。私が子供の頃から居るあんたはずっと小さいままのクセして」
「それは言わない欲しいでヤンス」
パルが項垂れる中、フラムが歩いて行く先に町が見えて来た。ベルデュールの町だ。
「おお、フラムにパルじゃないか!」
「帰って来たのか?」
町に入るなり、行き交う人と言う人がフラムとパルに声を掛けて来る。愛想よく挨拶を交わしながら、その足で『ダニャーレ』と言う仕事の仲介をする店に向かった。
「おお、フラムとパルじゃねえか! 久しぶりだな!」
店に入るなり、威勢のいい声が飛んで来る。
「ヴェルテスさん、久しぶり」
「ヴァルカン様のお参りに来たのか?」
「ええ、まあ。そのついでに仕事でもして行こうと思って」
「ついでって、お前な。まあいいわ。ただ、こんな小さな町で、お前に合うような仕事なんてないぞ」
ヴェルテスは後ろを振り返り、掲示板に貼られている仕事の張り紙を見渡すが、渋い顔のまま今度は足元に置かれた木箱の中を漁り始める。
「ああ、いいんですよ。魔獣召喚士向けの仕事だったら、大した仕事じゃなくても」
「そうはいかんよ。俺も仕事柄、意地ってもんがあるからな」
フラムが苦笑いしながら見つめる中、あれでもない、これでもないと真剣に家捜しするヴェルテスの手が止まる。
「おお、そう言やあ、ヴァルカン様が亡くなる前に、お前に依頼書を残して行ったんだ」
「師匠が依頼書を?」
「ああ、直接渡せばいいのにって言ったんだが、何故か後にお前がここに来た時に渡して欲しいって、絶対に理由は言わなかったんだが。どれだったかな……これか?」
ヴェルテスがスッと上げた一枚の依頼書を、誰かが奪い取った。
「これは私がやるわよ」
「あんたいつの間に!?」
依頼書を奪い取ったのは、イグニアだった。
「それは師匠の大事な━━」
フラムが止める間もなく、イグニアは店から駆け出して行った。
「ちょっと!!」
フラムも後を追おうとするが、
「ああ、待て待て。あれは違うから心配するな」
「違う?」
「奪われた時にチラッと見えたんだが、あれは居なくなったペットのドゥーブを探してくれって、ガジヤ婆さんからの依頼だ」
「ガジヤ婆さんの?」
「そうだ。まあ、もし依頼をこなして戻って来たら、ちゃんと依頼料を払ってやるさ」
「まさかヴェルテスさん、分かってて?」
「まあな。あの依頼書は依頼料が安いんでなかなかやり手が居なかったんでな。さっきの子が入って来るのが見えて、確か前にも来た子じゃないかって。ほら、お前がやろうとしていた依頼を横取りしてった事があったろう。その時の子じゃないかって覚えがあって、もしかしたら今度もってな」
「さすが商売人」
「おいおい、それを言うなら、お前だって仲介所を介さずに仕事を受けてがっぽり儲けてるんじゃないのか?」
「当たりでヤン━━」
フラムが慌ててパルの口を塞ぐ。
「おお、これこれ」
ヴェルテスは奥の方に一枚だけ大切に仕舞ってあった依頼書を取り出し、フラムに渡した。
「何々……カチャッカ火山の麓にある洞窟の中にある永久氷壁を溶かして来い、か。あの永久氷壁ね。でも、何でこれをわざわざ依頼書に?」
「それは依頼料がないからな。報告はいらないぞ」
「ええ~、依頼料が貰えないの」
「文句ならヴァルカン様に言ってくれ。それにその依頼はやろうがやらまいがお前の自由だって言っておられた。途中で止めてもいいそうだ」
「何か引っかかる言い方ね。ところでヴェルテスさんは仲介料は貰ってないの?」
「俺はちゃんと貰ったぞ。仕事の仲介だからな」
「ええ~、ズル~い……あれ、その依頼書は?」
フラムは掲示板に貼られている一枚の依頼書を指差した。
「ああ、それか」
「報奨金の額が他とは桁違いだけど。えっと、モカッサ島風魔獣リンディアの尻尾と、アンチエゴ大滝の滝壺に住む氷魔獣フリゴメの髭と、ゾーレ大陸のアリューシャの森に住む雷魔獣ライジャットの牙の採集か。何かの薬にでも使うのかしら? でも、これって、これだけの報酬を出せるなら、名のある魔獣召喚士に召喚して貰えば済む話じゃない」
「いや、それが、この土地に住む魔獣じゃないといけないって話らしい」
「へえ~、だとしたら少し厄介な依頼ね」
「だろう。報酬が高額なのもそのせいらしい。まあ、素性はちゃんとしててだな。依頼主はアガレスタ国の王子様らしくて、裏も取れてるから報酬は払われるはずなんだが、高額でもそんな厄介な依頼を受ける奴、うちには来ないぞって言ったんだがな。金持ちの道楽か、あちこちの仲介所に貼ってあるらしい。今だに依頼達成の報告がないから受ける事は可能だろうが、誰もやりたがらないのか、途中で挫折するのか、これだけは止めとけ」
「ますます面白そうね。修行にもなりそうだし」
「おい、俺の話を聞いてたか?」
「ヴェルテスさん、そうなったらもうダメでヤンスよ」
「ああ、そうか、お金か」
「でヤンス」




