第二話 依頼
立ち上がり、魔獣召喚陣から出たフラムは、召喚陣を前に立ち、両手で素早く印を組む。
「魔界に住みし炎の魔獣よ。開かれし門を潜り出でて我が命に従え」
両手の印が素早く形を変える。
「出でよ、炎魔獣フラント!」
魔獣召喚陣が強烈な光を放ち、その中から大柄な獣が飛び出した。その体は一瞬にして炎に包まれる。
「さあフラント、あのギューム達をやっちゃいなさい!」
フラムの命令に応えるように、天に向かって咆哮を上げたフラントは、全身を包む炎をなびかせながら駆け出し、向かってきた五匹のギュームの間を一瞬にして駆け抜けた。
ただ駆け抜けた━━そうにしか見えなかったが、フラントが駆け抜けて直ぐ、五匹のギュームは動きを止め、その体は炎に包まれた。しかし、パルの炎包まれた時とは違い、その体は一瞬にして灰と化し、炎と共に消え去った。
フラントは再び咆哮してから駆け出し、フラムの前で依然として輝く召喚陣の光の中へと消え、フラムが手の印を解くと共に召喚陣も消え去った。
フラムは大きく深呼吸してから依然としてへたりこんでいる男の子に歩み寄る。
「もう大丈夫よ。でも、こんな所を君一人で歩いているなんてとても危険じゃない。さあ、家まで送ってあげるから」
手を差し出すと、男の子は緊迫した顔を振り向けてきた。
「お姉ちゃんは魔獣召喚士なんだよね?」
「ま、まあね」
「オイラからするとまだまだ一人前とは言えないでヤンスけどね」
肩にとまって来たパルにフラムの冷ややかな目が向けられる。
「ギューム五匹に手も足も出なかった奴に言われたきゃないわよ」
「お腹が空いてなきゃあオイラだってギュームの五匹や十匹ささっとやっつけたでヤンスよ」
「どうだか」
「何でヤンス!」
「何よ!」
始まりかけた痴話喧嘩を止めたのは、男の子のすすり泣く声だった。
「ほら、あんたが大きな声を出すから」
「大きな声はお互い様でヤンス」
男の子は慌てて涙を拭い、首を横に振る。
「違うんだ。こんなに早く魔獣召喚士に出会えたのが嬉しくて」
更に真剣な眼をフラムに向けて来る。
「お願い。村を━━僕の村を助けて!」
「何か訳ありのようね。それってお金になる話?」
男の子は大きく頷いた。
「じゃあ決まりね。まずは話を聞こうじゃないの。ただその前に、この辺りに体を休める所はないかな? 魔獣を召喚するのも結構疲れるのよね」
誰のせいだと言わんばかりにパルに目を向けるも、パルは直ぐに目を逸らす。
「それならこの先に川があるよ」
男の子の先導で、さほど遠くない場所を流れる緩やかな流れの川までやって来た。
その道すがら、互いの自己紹介を終えていた。
男の子の名前はウィル、目の前を流れる川の下流にあるバルバゴと言う名の村からきたと言う。
川で喉を潤したフラムは、服の袖で口を拭いながら近くの岩の上に座っているウィルの元に歩み寄り、隣に腰を下ろした。
「ねえ、パルって魔獣なの?」
ウィルの視線は勢いよく水を飲んでいるパルに向けられている。
「ああ、驚いたでしょう。しゃべる魔獣がいるなんてね。まあ、一応あれでも魔獣らしいわよ。他にあんな生き物見たことないもの」
「らしいって、パルはお姉ちゃんが呼び出した魔獣なんでしょう?」
「違う、違う。わざわざあんなうるさいだけの魔獣を召喚しないって。パルは私の魔獣召喚士の師匠が亡くなる前に、今持っている剣と一緒に託してくれた形見なの。だから大事にしてるんだけど、どうせ託してくれるなら私が召喚出来ないような魔獣を召喚してくれたら嬉しかったんだけどね」
そこに水を飲み終えたパルが、力なくフラフラと飛んで来た。
「フラム、早く村に行くでヤンス。水だけじゃあ腹の足しにもならないでヤンスよ」
「確かにあれじゃあね」
ウィルの言葉に、二人は顔を見合わせて吹き出す。
「な、何でヤンス? あ、もしかしてオイラの悪口を言ってたでヤンスね」
「違う、違う。悪口なんて言ってないって。ねえ、ウィ━━」
ふと見たウィルの顔がいつの間にか曇っているのに、フラムは思わず言葉を飲む。
「こんなに笑ったのって久しぶりだな……」
「随分深刻そうな話ね。村を助けてって言ってたけど、村で何があったtの?」
「十日ほど前に、村に盗賊団がやって来たんだ。そいつらは魔獣を使って村のみんなをおどして、お金や食べ物なんかを奪って行ったんだ。でも、誰も殺されなかったし、みんなはこれですんだらって、安心してたんだよ。でも……」
「また来たのね」
「うん、金目のものは無くても食べ物はまた畑からとってくるからそれを見計らって数日後にまた来たんだ。あいつらまたこれからも来るみたいに言っていたし、このままだとみんな飢え死にしちゃうよ」
「魔獣を使う盗賊団か。魔獣召喚士としては耳の痛い話ね……」
初めての魔獣を召喚する際、その魔獣を従わせる為には【操縛の印】と言うものを結ばなくてはならない。それが失敗すれば、召喚した魔獣は召喚士に襲い掛かる。
魔獣召喚士の殆んどがある程度の剣術を習得しているが、それは操縛の印が失敗した時に備えての事が第一で、それでも殺されてしまう事も少なくなく、また、逃げ出す者もいて、魔界に戻れなくなった魔獣は先程のギューム達もしかり、野生化してしまう。
そんな野生化した魔獣を調教し、村や町を襲う者達が最近増え来て、魔獣召喚士が民に疎まれる事も少なくない。
「お姉ちゃん、頼むよ。盗賊団を何とかしてくれたらお金は村の人が出してくれるはずだよ。だから村を助けて」
「大丈夫でヤンスよ。お金になるならフラムは断らないでヤンス」
「人を金の亡者みたいにいわないでよね」
「それじゃあ断るでヤンスか?」
「冗談。引き受けるわよ」
「本当に!」
ウィルが声を弾ませたその時、
「その話、ちょっと待った!」
森の方から誰かの声が飛んで来た。