第十九話 いよいよ
「ほっ、ほっ、ほっ、思ったよりも早かったのお」
森の中から姿を見せたフラムを、聞き覚えのあるウォルンタースの笑い声が迎えた。
「おや、フリードはどうしたんじゃ?」
「もう直ぐ来ますよ」
フラムとその肩に乗るパルは苦笑いで答える。
遠くから何かを引き摺る音が近付いて来たかと思うと、その音が少しずつ大きくなり、フラムが姿を現した辺りから、ゼクスを引き摺ってフリードが姿を現した。
フリードは、重そうな顔でウォルンタースの前までゼクスを引き摺って来ると、ゼクスから手を放すなり、その場に大の字になって倒れ込んでしまった。
「駄目だ。もうこれ以上動けない……」
その姿に、ウォルンタースは渋い顔で首を振る。
「抜けたのは抜けたようじゃが、どうやら完全に認められた訳ではなさそうじゃのお」
疲れ果てているフリードに代わって、フラムがアングリフ山であった事の顛末をウォルンタースに伝えた。
「……なるほどのお。シュタイルが来ておったのか」
「おいぼれって言ってましたけど、先生はシュタイルを知ってるんですか?」
「父親であるルジェロンとは旧知の中での。シュタイルとも何度かは会うておる。しかし相も変わらず口が悪いのお」
「性格は先生の方が悪いと思うけど」
「でヤンスね」
「何か言うたかの?」
「いえいえ、何も」
フラムとパルは慌てて首を横に振る。
「それにしても、いつ見ても迫力がある剣だのお、ゼクスは」
徐にゼクスに歩み寄ったウォルンタースは、ゼクスの柄に手を掛けると、そのまま持ち上げた。
「え?」
「何を驚いておるか。言うたじゃろう、儂は武具を選ばぬと」
更に軽々とゼクスを一振り、二振り、突風を巻き起こして試し振りする。
「さすがはルジェロンと言うべきか、長い間放置されておっても、錆一つなく、刃毀れもしておらぬとはのお」
「さすがは先生」
大の字になったままのフリードが言う。
「お主に褒められても嬉しくはないわい。それより早く立たんか。まだ薪割りやら何やら残っておるんじゃぞ」
「まだやるんですか? もう立つ力も残ってませんよ……」
「情けないのお」
「鬼ね」
「でヤンス」
「何をブツブツ言うておる。お主の仕事も残っておるんじゃぞ」
「やっぱりそうなるのね……」
フラムもがっくりと肩を落とす。
フラムもフリードも、そしてパルも、この夜は倒れる様に眠り込んだ。その結果、今まで寝過ごした事がないフリードさえもいつも起きている時間になっても起きては来なかった。
ただ、いつもなら朝飯抜きだと言っていたウォルンタースから、咎められる事はなかった。それどころか、仕事を与えられる事もなく、この日は体を休めろと、ゆっくりとした時間を過ごす事となった。
そしてその翌日…………。
「さて、そろそろ基礎的な修行は終わりで良いじゃろう」
「基礎的なって、まだ修行らしい修行はして貰ってませんけど」
「何じゃ、まだ気付いとらんかったのか」
それでもぴんと来ず、訝しる顔を隣に居るフリードに向ける。
フリードの手にはゼクスが握られているが、その切っ鋒は地面についてしまっている。
「ここから買い物に行こうとしたら片道でも結構な距離があるだろう。その上、必ずと言っていいほど野生の魔獣に襲われなかったか?」
「まあ、しょっちゅうだけど」
「だろう。それも、ここらに居る野生の魔獣は、近くに魔界の穴があるからかなりの力のある魔獣が多い。そんな魔獣を相手にしてたら自然と修行になるだろう。薪拾いにしたって、他の雑用にしたって同じ事さ」
「じゃあ……」
「そう、今までの全てが基礎的な修行だって事さ」
「それならそうと、教えてくれればいいのに。相変わらず人が悪いんだから」
「何を言うとるんじゃ。つい先日も言うたじゃろう。普段の一つ一つが修行と言えば修行なのじゃと。第一、今の今まで気付かぬお主が鈍すぎるんじゃよ」
「それは言えてるでヤンス」
「何よ」
肩に乗るパルの顎を、フラムの拳がぐりぐりと入る。
「遊んどらんで、とっとと行くぞ」
「行くって何処に? あ、ちょっと!」
答える間もなく、ウォルンタースが歩み出し、フラムは慌てて後を追う。
そしてフリードは、まだまだ認められていないゼクスを重そうに引き摺って歩み出した。




