第五話 シュレッケ峠
シュレッケ峠に向かうフラムとパルの後ろには、荷車を押す三人の町人の姿があった。
今回の依頼では、フラムがケンシルトで見た者たちの様にレガラントに凍らされた場合、隙を見て凍らされた者をケンシルトまで連れ帰り、解凍する為、三人の町人の同行が義務付けられていた。
生死の懸かった依頼であるため、リスクを下げ、志願者を多く募る為の処置であった。
更に、虚偽で依頼を終えたと報告しない為の見届け人としての役目も担う。
但し、同行する町人達も危険を伴う為に、同行する町人達は依頼者が現れる度、いい迷惑だと思う者も少なくない。
それでも、シュレッケ峠の通行の妨げであるレガラントを何とかして欲しいと言う思いの一心で割り切って同行していた。
フラムに同行する三人も、町を出る前から「止めておけ』と言うばかりで、
「あんた、本当に大丈夫かい?」
「今からでも引き返した方がいいんじゃないか?」
逐一声を掛けて来る。
「だから大丈夫ですって。心配してくれるのはありがたいんだけど、信用ないわね」
「仕方ないでヤンスよ。見た目が見た目でヤンスから」
「どう言う意味よ。見た目が頼りないっていうなら、私よりもあんたでしょう」
「違うでヤンス。フラムでヤンスよ」
「あんたでしょう!」
「フラムでヤンスよ!」
最初は小さくても竜魔獣であり喋る珍しい魔獣を連れているフラムに、もしかしたらと言う僅かな期待もあったが、度々言い争うフラムとパルの姿に僅かな期待は失せ、寧ろ心配の方が募り、三人揃って溜息を吐くばかりだ。
「あの~、見えて来たんですけどね。シュレッケ峠が」
肩に乗るパルと言い争うフラムに、同行する一人が声を掛ける。
前方には、連なる山と山の間に、人が作ったのか自然に出来たのか分からない少し開けた上り道が伸びていた。
上り始めて少しすると、前方にフラムに付いて来た町人の様に台車を囲んで止まっている三人の町人らしき姿があった。
先に町を出たエレーナに同行して来た町人だと直ぐに察しがついた。
「じゃあ、私らはここで待っているんで、この先はあんただけで行ってくれ」
「少しして戻ってこなければ様子を見に行くが、まあ無理しなさんなよ」
「形式的な心配でしょうけど、ありがたく受け取っておくわ」
フラムはその場にしゃがみ、右手を地面につける。
「アルシオンボルトーア!」
立ち上がり、魔獣召喚陣から出てその前に立ち、両手で素早く印を組む。
「魔界に住みし炎の魔獣よ。開かれし門を潜り出でて我が命に従え」
両手の印が形を変える。
「出でよ、炎魔獣フラント!」
魔獣召喚陣が強烈な光を放ち、その中から飛び出したフラントの体が、一瞬にして炎に包まれる。
特異種でもあるフラムのフラントが炎に包まれた雄姿に、フラムを不安視していた同行者と、エレーナに同行して来た町人達も、驚歎の声を上げる。
パルだけは不服そうであったが。
「さて、行きましょうか」
気合を入れ直し、フラントを先導役に更に道を上って行く。
暫くして、人の声らしきものと獣の唸り声が聞こえて来て束の間、剣を構えるエレーナの姿と、それに対峙する大柄な氷魔獣レガラントの姿があった。
「随分とのんびりやって来たものね」
「そっちこそ、まだ依頼を終えてないみたいだけど」
「減らず口を叩いてると、終わらせてしまうわよ!」
エレーナは素早い動きでレガラントに迫り、死角から剣で斬り掛かる。
飛び退るレガラントの体にエレーナの剣が斬りつけたが、レガラントが剣の触れる場所に氷を張って防ぐ。
「随分と知能の高いレガラントね。体の大きさからしても特異種の様ね。それも、かなりのレアもの。絶対に欲しい。フラント!」
咆哮を上げたフラントが、エレーナとレガラントの間を割るように炎を吐く。
透かさず駆け出したフラムが、レガラントに迫って鞘から抜き放つと同時に放った剣の一撃を、レガラントはまたもその箇所だけ体に氷を張って防ぐ。
更に一撃をと思った所に、エレーナが体当たりして来た。
「ちょっと、何を邪魔してんのよ!}
「割って入って来たのはあんたの方でしょう!」
フラムとエレーナが睨み合う。
「相手が違うでヤンスよ」
パルの口から溜息が洩れる。