第十話 奥に住まうもの
フラムの元にウィルが心配気な面持ち寄って来た。
「お姉ちゃん、お父さんが……」
「安心して。あいつらは指輪を欲しがっている訳だから、指輪を手に入れるまでは村長さんがどうこうされる事はないはずよ」
「本当に?」
「ええ。ただ、指輪を手に入れた後はどうなるか分からないけど」
「そんな……」
「おいおい、子供を落ち込ませてどうすんだよ」
「そうでヤンス」
フリードとパルに突っ込まれてフラムは焦る。
「そう言うつもりじゃなくて。急がないとって意味。それまでに絶対に助けて見せるから、心配しないでって事よ」
「本当に?」
今度はウィルの疑いの目が向く。
「もちろんよ。で、その事で聞きたいんだけど、さっき村長さんが言ってたけど、アルドの研究所に行く道は、本当に村長さんしか知らないの?」
「それは本当だと思います」
ウィルではなく、寄って来た母親が言う。
「村人達には迷いの森にすら入らないようにきつく言っていたみたいですから」
「そう、だったらあいつを使うしかないわね。ねえ、村長さんの臭いが付いた物があれば貸してくれる?」
「臭いが付いたもの?」
「それがあれば村長さんを追って行けるから」
「分かった。ちょっと待ってて!」
ウィルはその場から駆け去り、急いで家から村長の帽子を取って来た。
「これでいい?」
「十分よ。さてと」
フラムが目を横にやると、パルはまだ地面に大の字になったままだ。しかし、
「ちょっと、いつまでそうしてるつもり? 早く行くわよ」
「はあ~、魔獣使いの荒い人でヤンス」
体をおこして飛び上がり、フラフラと飛びながらフラムの肩にとまる。
「僕も行くよ」
「ちょっとウィル、何を言い出すの」
いつもながらに母親を困らせるウィルに、フラムは少し身を屈め、目線を合わせる。
「ダメよ。さすがに今度は危険過ぎるわ。ちゃんと村長さんを助けて戻って来るからここで待ってて。それに考えてみて。さっきお母さんは怖い思いをしたのよ。今度はあなたがちゃんと守ってあげないと。男の子なんだから。わかった?」
ウィルは心配気な母親の顔を見て、渋々頷いた。
ホッとする母親を見届けたフラムの目は、近くに立つフリードに移る。
「あんたは……居ないよりましか」
「ましって、お前な……」
「どちらにしろ、付いて来るんでしょう?」
「そりゃあ、行くけどさ……」
フラムは迷いの森の詳しい場所を聞いてから、フリードと共に村を出た。
ギュストと盗賊団は、村長の案内で迷いの森を抜け、下方に洞窟の入り口らしき巨大な穴が開いた絶壁の前に居た。その前に三匹のヒュービ達も並んでいる。
「なあ、ギュストの旦那。本当にそのアルドの研究所にお宝もあるんだろうな? 俺達はその為にここまで付いて来たんだからな」
「心配するな。アルドは自分で作った魔導具を売っていたと言う話だ。たんまりと金を貯め込んでいるはず。それに、私が欲している指輪以外にも魔導具が残っていれば、相当なお金になるだろう」
「そいつはいい」
盗賊団の面々が想像を膨らませて顔を綻ばせるが、突然穴の奥から聞こえて来た何かの大きな咆哮する声に、顔色を変える。
「何の声だ……!?」
知らぬ間に、三匹のヒュービは頭と足を体の中に入れていた。丸まったその体は、目で見て分かる程に震えている。
「ヒュービがこれほど怯えるとは。村長、奥に一体何が居るんだ?」
「ランボルトだ」
「ランボルトだと!? あの雷魔獣のか。どうしてそんなものがここに居る?」
ギュストは驚きの目を盗賊の一人が後ろ手に捕まえている村長に向ける。
「迷いの森を偶然でも越えられては困るのでな。先代が三人の魔獣召喚士を雇って、野生化していたランボルトをこの穴まで誘導したんだ。骨の折れる作業だったそうだ。調教する事は出来なかったそうだが、都合良くここに居着いてくれたらしい。お前も魔獣召喚士ならランボルトは知っていよう。命が惜しければ諦める事だ」
「貴様それを分かっていて……」
「ギュストの旦那、どうにかならないんですかい?」
「ヒュービの怖がりようを見れば分かるだろう。いくら私でもランボルトをどうこう出来る魔獣を召喚するのはとても……」
ギュストは苦虫を噛み潰したような顔をする。しかし、直ぐにそれは悪辣な笑みに変わった。
「いや、まだ手はある」