義妹からいただく
同じ学園に通うご令嬢方の間で、最近とても人気があるのが『シドレシラ』という恋物語。
継母と義理の姉達に虐げられるシドレシラという名の可哀想な娘が、なんやかんやあり一国の王子に見初められ、末長く幸せになる物語。平民向けの大衆小説だったものがオペラの演目になったことで、瞬く間に貴族階級にも広まった。
『シドレシラ』はあくまでも架空の物語。
けれど、シドレシラに近い身の上に、わたくしはある。
実父は健在だけれど、実母はわたくしが幼い頃に他界してしまった。今から2年ほど前に父が後妻を迎え、その連れ子も父が養子縁組して引き取ったため、わたくしには義妹ができた。
義妹は何でもわたくしに押し付ける。
ディナープレートに乗った橙色の人参も、家庭教師から出された復習のための宿題も、たった一度着用しただけのドレスも。
有り難くいただく。
優しい義妹だ。
バターで甘くなるまでソテーされた人参のグラッセはわたくしの大好物。
一度教わればすぐに覚え理解してしまう賢い義妹には、宿題など無用の長物。亀の歩みで脳味噌に浸透させていくしかないわたくしにこそ、宿題による反復学習は相応しい。
ドレスは……。
「ねぇ、このドレスとても素敵ね。でも少し、丈が合っていないのではなくて? ほら、3mm ほど。貴女もそう思うのではなくて?」
「そうでしょうか、フィッターの採寸ですので間違いはないかと」
「もしわたくしが着たら……ちょうどピッタリかしら? 色味も、貴女の髪だと、どちらも明る過ぎて喧嘩してしまうわ。わたくしの髪くらい落ち着いた色とでないと、バランスが取れないでしょう?」
「ですがお義姉様、わた」
「でしょう? 貴女もそう思うのよね?」
「……お義姉様。ですが、このドレスはつい先日、お義父様に言われて仕立てたばかりで、今日初めて袖を通したもので」
「あら、では外で恥をかかずに済んだのね! それは良かったわ! 可愛い貴女が陰で笑われることにならなくて本当に良かった。わたくし、お役に立てて、とてもとても嬉しいわ」
そんな会話を続けているうちに、義妹はわたくしにドレスを押し付けてくる。
押し付けられ、わたくしは有り難くいただく。
優しい義妹だ。
世の中には、需要と供給というものがある。
カリフラワーもラディッシュもルッコラも、わたくしは好んでいるのだけれど、義妹は苦手としている。
需要と供給が自然発生し、シンデレラフィットする。
宿題も、自然の摂理として需要と供給がピタリと重なる。
ドレスも、わたくしの体型にこそシンデレラフィットする。
本当に優しい義妹だ。
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お義姉様はお優しい。
わたくしが嫌いな人参も、パプリカも、セロリも、きゅうり以外であれば、押し付ければ喜んで召し上がってくださる。
家庭教師から出される復習のための宿題は無駄に枚数が多く、真面目に取り組めば時間の無駄でしかなく手が腱鞘炎になってしまうところを、お義姉様に押し付ければ嫌がることなく喜んで引き受けてくださる。ただ、亀の歩みでしか進まないので、しばしばその様子をそばで見守り、動きが3分以上フリーズしたときにはお声掛けし、都度教えて差し上げる。亀の歩みだからか手への負担は少ないようで、お義姉は腱鞘炎にはならない。
ドレスは……出来上がったものを実際に着用してみて少しでも合わない、嫌だなぁと思えば、感情を表情にチラと出すことで、目敏いお義姉様がいつも遠回しに欲しがってくださる。お義姉様は何故だかわたくしにも似合う色、デザインのドレスをご自分用にお仕立てになるから、押し付ければ引き取ってくださって、替わりに、お義姉様のとても素敵なドレスをわたくしに譲ってくださる。流石に、折角わたくしのためにお代を支払ってくださったお義父様の手前、お義姉様のご配慮くださったご提案に即座に乗ることはできないのだけれど、お義姉様はわたくしが諾と言うまで粘り強く欲し、最終的にはドレスを交換してくださる。
本当にお優しい、わたくしの大好きなお義姉様。