Episode 4 中の人
「あの……レッドアイさん! 昨日は……すみませんでした!」
最近仲間になった新米プレイヤーが、ログオンした雄二を待ち構えていたかのようにやってきて、思いっきり頭を下げた。びっくりした。
雄二は厳つい赤い隻眼で笑って、その頭をがしがしと撫でてやる。こういう素直な初心者は、ちゃんと育ててやらなければ、という気になるものだ。「おう! だいじょうぶだ! 怪我なかったか?」と尋ねると、『彼女』は「はい、おかげさまでピンピンしています!」と言った。
「始めたばっかりのうちは、しゃーねーわ。オレもいろんなプレイヤーに助けてもらったもんだよ」
「え⁉ レッドアイさんがですか⁉」
「そりゃー、だれだって、最初はなにもかも初めてだからなー」
雄二は、この『ダブル・チェイン』を始めて、そろそろ五年になる。そのころお世話になった古参プレイヤーは、半分がリアルの事情でゲーム自体を卒業し、あとの半分は他のゲームへと移って行った。
サービス提供開始からもう八年を迎えるこの世界は、たくさんのアップデートや仕様変更を乗り越え、今の形になった。バグ技でレベリングできた昔とは違い、最近の初見さんはたいへんだろう、と彼は高みの見物を決め込んでいる。だから、『彼女』との会話は、新鮮でとてもおもしろかった。
「血糊とか、ああいうの苦手系?」
「あ、はい……すごく、足が竦んじゃって……。それに、切りつけたときの感触が、生々しくて……」
「しゃーないしゃーない。慣れの問題! 気楽に、気長に行こうやー」
そう雄二が言うと、女性騎士アバターがにっこりほほ笑んで「はい、がんばります!」と言う。いい子だと思う。リアルでも、こんな感じなのだろうか。
普段一緒に行動しているプレイヤーが、長いことリアルでの友人たちばかりなので、どうしてもアバターの中の人のことを考えてしまう。だが、詮索は無粋だ。だから、『彼女』が実際にはおっさんかもしれないことは想定しつつ、この状況をそのままに彼はたのしんでいた。
「よぉーし、じゃあ。今日は、血糊慣れ特訓でもするか?」
「うっ……それちょっと嫌です。あと、レオさんが、レベリング手伝ってくださるって!」
「おー、まじかー⁉ それは良かった、あいつの気が変わらないうちに、はやく行きなー!」
「はい!」
踵を返して走り出した……が、止まって『彼女』は戻って来た。「どした?」と尋ねると、多少言いづらそうに「あの……ちょっとだけ、質問していいですか?」と言われる。雄二は隻眼を細め、「なんでも聞けー。知ってることしか答えられんがな!」と笑った。
「……あの。もしかして、なんですけど。……ワタシって、ソアラさんに、嫌われてます……?」
「ファッ⁉」
思いも寄らない言葉に、雄二は素で声を上げてしまった。なんだそれは。『彼女』はもじもじしながら、「あの……前からちょっと、思ってはいたんですけど。今日、謝りに伺ったら、すごくそっけなくって」と小声で言った。
「あの……昨日のことだけじゃなくて。ワタシ、なんかしちゃったのかなって」
「あー」
どうしたもんか、と雄二は考えた。そっか。空は『彼女』が気に食わんのか。かわいいのにな。中身おっさんかもしれんけど。とりあえず、妙案はなにも浮かばなかったが、雄二は「あれじゃね? 女の子の日とかじゃね?」と言ってみた。『彼女』が目をまんまるにした。かわいいよなー。アバターはなー。
「レッドアイさん! それ、セクハラです! 他の人に言っちゃダメですよ、もう!」
ころころと『彼女』は笑う。そして「……ありがとうございます。なんか、気にしない方がいいなって思えました」と言った。
「レッドアイさん、いい人ですね!」
「おう、そうだろ! それ、フォーラムに書いてきていいぞ!」
「書きませんよ!」
笑って、深々ともう一度頭を下げて、『彼女』は走り去って行った。雄二はそれを笑顔で見送った。
(――ソアラ、男だから、女の子の日ないがな!)