Episode 3 関係
「はあ? 私が間違ってるっていうの!」
空が登校してきたとき、一番に耳へ飛び込んできたのはそんな声だった。響き渡るそれが、いつもの朝の静けさを打ち破る。
(――ああ、またやってる)
彼はそう思って、靴を履き替えたらすぐに声とは反対側へと向かった。少し遠回りでも、その方が教室へ早く着くのだ。
(朝っぱらから生徒会長の粘着ヒステリーに関わるつもりはないよ。ほんと、なんであんなのが選ばれちゃったかねー……)
まあ、僕も彼女に投票したけれど、と空はつぶやいた。
廊下を曲がったあたりで、学ランの中に着込んだ白パーカーのフードを引っ張られる。振り向くと、友人の顔が少し上にある。
「雄二おはー。なんか、またやってるね、生徒会長」
「おは。なんか、一年の女子のヘアゴムの色が気に食わねってよ」
「まじで? それであんなになってんの?」
「そ。てゆーか、相手の女子が泣きそうだったからな。マオが仲裁に入ったら、あーなった」
「あー」
気の毒にと思いながら、空はもう一人の友人の成仏を願って「なーむー」と手を合わせた。普段、周囲の物事に興味がないくせに、ときどき弱者へ手を差し伸べるような仕草をする愛すべき友人。
たいていの者は、気まぐれみたいなその行動にとても驚く。美術の彫刻像が突然動き出したみたいに。きっと生徒会長もそうなり、退くに退けなくて突っかかっているのだろう。
最近、空も驚くことがあった。仲間内でやっているゲームで、その友人が、なんとそれまでまるで面識がない初心者プレイヤーをチームへと招いたのだ。
連日あちらからの熱烈なオファーがあったことは間違いない。夜討ち朝駆けとはあれを言うのだろう。根負けした側面は大いにある。それでも、彼が自分たち以外に心を開いたように思えるその行動は、印象深く空の心に刻まれている。
(――まあ、あり得ないけどね。真央が、僕たち以外に懐くなんてさ)
ひどく痛めつけられた野生動物のようだった、数年前の友人を思い出す。彼はまだ、ときおりあのときの瞳をする。
少しずつ、少しずつ。最初は、彼の幼馴染である少女がこぼした「心配なの」という言葉から。
少しずつ。少しずつ。空は雄二とともに彼の心へ匍匐前進でにじり寄って。
そして、仲間として受け入れられた。気分は猛獣使いだ。
(――だいじょうぶ。だいじょうぶ)
スマートホンをポケットから出し、アプリを起動した。現実同期機能が、近くにゲームフレンドが存在していることを示している。
『レッドアイ:Current Location』。すぐ隣り。
『さゆり:20m』。近づいている。
『レオ:130m』。遠ざかっている。
他に名前はない。存在しない。
「あー、空、雄二、おはよー」
「おはよーさゆりー! 昨日はヘルプありがとねえ!」
他にいらない。だれも、いらない。
空はいつも通りほほ笑む。
だいじょうぶ。
――壊れたりしない。この関係は。