Episode 1 現実
6話まで書き上げ済み
本日三時間おきに投稿します
7時 10時 13時 16時 19時 22時
どんな逆境にも慣れなくて、いつもうずくまっていた。違う世界に行けたら、こんな自分でも変われるのにと思ったけれど、痺れるような恐怖感はリアルで、足は竦んでしまう。真正面には、群れを成す狼。
「――レオ、左から二匹!」
女性僧侶アバターの仲間の声に従い、呼ばれた青髪のリーダーが動いて剣を横一文字に薙いだ。声を上げた女性は矢を引き絞りながら右へ飛んで身をかわす。弓の弦が伸びきった瞬間に矢が飛び出し、狼の一頭が地に倒れた。もうひとりの女性が、身体強化のための歌を口ずさみつつ短剣を構えて群れの中へ。一番体が大きな男性は、両手に構えた長さの違う剣を舞踏のように閃かせ走る。
「レイナ!」
自分の名が呼ばれる。ああ、とつぶやいた声は、本当に声になっただろうか? 牙のある口が大きく開いて眼の前に迫っても、彼女は反応すらできなかった。
けれど。
またたきをしたら、視界が開けていた。膝をついてしまった彼女の前には、首を落とされた狼。息を呑んだ瞬間、その亡骸はいくつもの光の粒子に包まれ、透明になって行く。そして、弾けて消えた。
空気中に残る輝きの破片が、夢のように綺麗だった。
「――なにしてる! 立て、レイナ!」
すぐそばで聞こえたリーダーの叱咤に、はっと息をつく。唸り声と、剣が肉を削ぐ音。青髪の美しい青年が返り血を浴びてなお突き進む様は、彼女の目に美しい猛獣のように見えた。
そして、いくつもの末期の叫びが上がる。動けない。血の匂いがあたりに漂う。動けない。いくつもの屍が次々と光となり掻き消えて行く。――動けない。
そして、最後の断末魔と、終わりを告げる静寂。
肩で息をするゲームフレンドたちの背を眺める。自分の無力さをむざむざと実感する。
ここでさえ。バーチャルと名付けられたこの仮想の世界の中でさえ、彼女は、ただのちっぽけな自分だった。そのことに、外傷によらない痛みを覚える。
「……ああ、数が多かったな。イベ前だから調整入ったかな」
「そうかもしれない。みんな、ナッジ近いからリアル同期をフレンドに公開設定しておけ」
「あー、そうだねー。忘れないうちにやっとこう」
彼女はその声を遠くに聞いていた。すぐ近くにいる仲間たちが、とても遠くに思えた。現実から逃げるために始めたはずのゲームなのに、これほどまでに自分の至らなさを突きつけられる。
「レイナ? 聞いていた?」と呼びかけられて、うなずく。彼女はステータスの設定画面を思い浮かべて、目の前に手をかざした。そして提案されたように、数日後に行われる現実世界連動型企画のために、非公開設定にしていた現実同期機能を、フレンド限定で公開設定に――。
(――私が……この人たちと、フレンド? こんなに足手まといなのに)
――できなかった。泣きそうになったところを見咎められる。「――レイナ?」という、優しい男声。伸ばされたその手から逃れるように、彼女は退場した。
同一プロットで別の方が書かれた小説もあります
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