「どうりで…」
私が学生の時の話である。
その頃、私は学校に通うため独り暮らしをしていた。
私の実家は田舎なので都会にある学校までは通学が難しく、親の勧めもあっての引っ越しだった(その場所は敢えて伏せておく)。
自身も初めての独り暮らしだったが、実家で炊事や掃除、洗濯などそれなりに叩き込まれていたので、あまり心配は無かった。
あったといえば、田舎と治安の状況が違い、事件・事故が多そうな点だろうか。
とにかく都会慣れしていないので、見ず知らずの人間からの勧誘や声掛けには特に用心していた。
そうして用心しながら始めた独り暮らしも、春から初夏になった頃。
学校の帰り道だったが、友人の家により、夜遅くなってしまった時のことである。
引っ越し先はアパートで、ある旧街道沿いから逸れた、やや奥まった路地にあった。
周囲は閑静で、落ち着いた雰囲気の住宅街だった。
が、夜になるとまばらな街灯だけが頼りの、お世辞にも明るい環境ではなかった。
率直に言うと、こんな場所で誰かとは出会いたくもない。
私は急ぎ足でアパートに向かった。
そうして、敷地内にさしかかった時である。
私はあるものを目にし、思わず立ち止まってしまった。
それは街灯の柱の影から覗く一本の腕だった。
身体は見えず、頭も見えない。
ただ誰かの右腕がダラリと伸び、ぶら下がっていた。
暑さが増す中、袖口まで伸びた武将の着物みたいなものを着ており、動くことなく腕はそこにあった。
「痴漢か?」と思った私は咄嗟にダッシュでアパートの自室に向かう。
鍵を取り出すのももどかしく、ドアを開けて思いきり閉めた。
無論、施錠も忘れない。
自分でも驚くほど心臓が早鐘のように打ち、ついて来る足音が無いことを確認。
部屋中の鍵を手早くチェックし、カーテンを閉め切った(ちなみに私の住んでいたのは一階だった)。
その晩は、怖くて電気とテレビを点けたまま一晩を過ごした。
そんな騒動があってから、しばらくは夜間の外出は控えていた。
友人にも相談し、やむを得ない場合は宿泊させてもらったり、車で送ってもらったこともある。
万が一、ストーカーだったことも考えて、近くの交番に相談し、見回りの協力もお願いした。
そうして一カ月くらい後のことだった。
ある晩のこと。
自室で寝ていた私は、ついに見てしまった。
その晩は何故か寝苦しく、夜半を過ぎても目が冴えて寝付けなかった。
何度も寝返りをうち、仰向けになった時だった。
足元から頭上へと、白い何かがスゥ~っと通り過ぎて行ったのだ。
一瞬のことだったので、私は「は?」となったが、それがこの世のものでないと気付き、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
そして、体をかき抱き、布団の中で震えながら就寝した。
後日のことである。
諸々の恐怖体験を経験しつつも、私はアパートに住み続けていた。
本心を言えばすぐにでも転居したかったが、引っ越しして間もないのに、こんな話を親が信じるわけがない。
面と向かってお願いしても、信じてもらえず、却下されるのは目に見えている。
なので盛り塩をしたり、お札を買ったり、果てには防犯ブザーまでそろえて私なりに対策を講じていた。
そんなある日の帰り道だった。
日も明るいうちに帰宅した私は、帰り道の途中にあるお堂に気を引かれた。
そのお堂は引っ越してきた当初からあり、特段珍しくもないものである。
完全に日常の風景に紛れていて、気にもとめなかった。
だが、その日は違った。
私の視線はそのお堂…いや、正しくはお堂の横に立つ標柱に吸い寄せられたのである。
その標柱には「〇〇〇古戦場跡」と書かれていた。
私は「どうりで…」とひとり呟いた。