大明寺寮
大明寺寮の朝は早い。
午前五時半起床。
鳥の囀りと、柔らかい日光で目を覚ました。
朝起きたら、まず掛け布団を畳んで押し入れに仕舞い、外に敷布団を干すことから始まる。
「畳み方はこうして、こことここを重ねて…」
高木先輩が教えてくれた。
「こうですか?」
「違う。そんでもっとシワを伸ばせ。快斗先輩、そろそろ起きてください。」
高木先輩は神宮寺先輩の体をゆさゆさと揺らした。
「Zzz…」
神宮寺先輩は高木先輩の手をぱちんと振り払うようにひっぱたいた。
一瞬だけこちらを見たと思ったら、神宮寺先輩は僕等に背を向けて、二度寝した。
どうやら起き上がる気はないらしい。
「よし、布団を剥がすぞ。」
「はい!」
高木先輩が掛け布団を奪い取ると、神宮寺先輩はごろごろとして敷布団を体に巻き付けた。
高木先輩はそれも剥ぎ取ると、神宮寺先輩はやっと起き上がった。
もちろん、一番年下である僕が毎日この作業を行う。
午前六時。
制服を着て、食堂にて朝食を取る。
仲の良い同級生の友達とではなく、同じ部屋の人と食べるのが暗黙のルールだと先輩たちが教えてくれた。
大明寺寮生はあまり先輩後輩の壁はなく、仲がいいんだとか。
食堂は午前6時〜8時まで朝食を提供し、一度閉まって、正午からまた再開するらしい。
高木先輩曰く、7時〜7時半の間が一番混みやすいので朝食は早めに取るのがいいのだそう。
食堂に入ると、紺色の制服を着た男子生徒に混ざって、赤紫色の制服を着た女子生徒達もいた。
ダブルブレストの洋風なワンピースを着ていて、和風な男子生徒の制服とかなり対照的だった。
僕等は配膳場所の列に並んだ。
卵焼きと味噌汁とウィンナー。パンか米かは選べる。
神宮寺先輩と高木先輩は米を選んで、僕と赤松先輩はパンを選んだ。
というか、神宮寺先輩寝ながら飯食ってるし…
昨日の消灯時間の午後11時45分に神宮寺先輩は部屋にいなかった。
見回りの先生が来た時、赤松先輩が「快斗はトイレに行った。」って伝えて何とか誤魔化した。
僕等が寝たのは1時過ぎだ。
その時にもまだ神宮寺先輩はいなかった。
いつ戻ってきたかは分からない。
今日朝起きてからも、昨晩どこに行っていたか全く語ろうとしない。
高木先輩も赤松先輩も特にそれについては触れなかった。
神宮寺先輩が夜中いないのは珍しいことでもないのかもしれない。
僕もそのことを何も聞かなかった。
「女子の人数ってかなり少ないですね。」
この食堂に30人近くいるが、女子はざっと見て10人弱くらいだ。
「警察を目指す女子は男子に比べて少ないからな。ましては時空警察なんて。」
と高木先輩は答えた。
「女子少ないから、出遅れると大変だよ。」
と赤松先輩はニヤリと笑った。
「入学して一週間も経たないうちに、付き合い始める奴もいるしな。」
高木先輩は呆れたように言った。
「こう見えて、遊馬結構モテるんだよ。」
赤松先輩が言うと、高木先輩が間髪入れずに、
「こう見えてってどういう意味ですか。」
とツッコんだ。
面倒見のいい頼れるタイプで男女問わず好かれそうだから、意外とは思わなかった。
「蘭堂留の近くに、薔薇が咲いてるところがあってね、そこで告白すると成功しやすいらしいよ。」
と赤松先輩が言った。
「蘭堂留?」
僕は聞いた事のない言葉に首を傾げた。
「蘭堂留寮っていう女子の寮があるんだよ。」
高木先輩が答えた。
「覚えておきます…」
この知識が役に立つ時が僕に来るんだろうか。
「ねぇ仁科先生の娘さんが新入生の中にいるって知ってる?」
赤松先輩が食パンをかじりながら言った。
「あぁ、今年入学したらしいな。」
神宮寺先輩はいつの間にか起きていたらしい。
今年入学ってことはじゃあ僕と同級生か。
「あれ仁科先生ってまだ33歳ですよね?結婚する時期早かったんですかね。」
高木先輩が呟いた。
確かに、娘さんの年齢が15歳なら、先生は18歳で産んだ事になる。
食事が終わり、僕は先輩達の分の食器もまとめて返却口に持っていった。
戻ると赤松先輩が一人、食堂の出入り口の前で待っていてくれた。
「高木先輩と神宮寺先輩はどちらに行かれたんでしょうか?」
僕は赤松先輩に聞いた。
「遊馬は、生徒会の仕事。。快斗は先生に呼ばれて寮の共同スペースにある黒電話の修理に行ったよ。」
「そうなんですか。ありがとうございます。」
「黒電話が壊れると、本当に大変だよー 京警高校敷地内では、スマホとか携帯電話とか電子機器全般が全く使えないし。」
赤松先輩は、スマホを取り出し、「ほら。」と画面を見せてきた。
画面の上の方に圏外と表示されている。
「じゃあどういう手段で外部と連絡を取っているんですか?」
僕は質問した。
「黒電話以外だったら、郵便物とか。学校周辺の店の近くに公衆電話があるからそれを使うときもあるかな。」
「黒電話とか、公衆電話とかって停電時でも繋がるから便利ですよね。」
スマホを持っていない僕にとって、公衆電話は必要不可欠なものだった。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ災害のときでも使えるね。」
赤松先輩は意外そうに言った。
「そういえば赤松先輩は、これからどうされますか?」
「僕?これから部屋に戻ってテレビを見ようかなって思ってるよ。」
確か寝室の隣にある居間にテレビが置いてあったな。
「西浦くんは?」
「僕は知り合いの落とし物を届けに行きます。」
僕はある人物のことを思い出した。