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31◇ボーフォート母娘

 ――そのつもりではあったのだが、フレデリック様はあっさりと言った。


「ああ、断ったよ」

「えっ?」

「叔母が来る理由もわかっているから、先に手を打っておいた。手が空けば僕の方から訪ねるので、今年はここへ来ないようにと手紙を送っておいたんだ」


 ニコニコと笑顔で語る。それを聞かされた私とブレア夫人は狐につままれたような顔をしていたことだろう。


「ですが、ミセス・ボーフォートがそれでも来られないかどうかはわかりませんよ」


 ブレア夫人がため息交じりに言った。その口調からすると、相当押し出しの強い人らしい。


「さあ? 迎え入れる用意はしない」


 フレデリック様には血縁者であれ他人と変わりないのかもしれない。それを言いきった時は冷ややかに見えた。




 翌朝になって、エミリーではなくマージョリーが来た。

 エミリーが休暇の時には誰かが代わってくれるのだ。今日はそれがマージョリーだった。


 あれからマージョリーとは問題のない関係を築けていると思う。

 マージョリーはこの日、私の顔を見るなり感情を自由に表していた。


「今年はミセス・ボーフォートが来られないと聞いてほっとしてしまいました。だって、ミセス・ボーフォートったら露骨なんですよ!」


 その勢いに私が目を瞬かせるくらいしかできずとも、マージョリーのお喋りは止まらなかった。


「私たちから見ても露骨なんです。旦那様の財産目当てだって、旦那様だってわかってらっしゃいますよ。それで旦那様に相手にされないと私たちに当たり散らすし、心づけをくださるでもないし、本当に毎年迷惑してるんです」


 メイドにまでこんなことを言われるくらいだから、ミセス・ボーフォートはあまりやり方が上手くないらしい。


 一年に一度しか来なくて親類としての情を解かれても、フレデリック様からすれば勝手だというところだ。

 実際、独身の男性一人が領地や屋敷を保有していたら、寄ってくる人間が考えることはひとつだ。どうにかして縁続きになりたいと縁談を運んでくる。


 そこに思い当たると、私は胸が騒いだ。騒いだところでどうしようもないのに。

 私が困っている間も、マージョリーはあれこれと話し始める。カチャン、カチャン、とティーカップとソーサーのぶつかる音がした。


「ミス・ボーフォートはそりゃあお綺麗ですけど、あんなに後ろでグイグイ押している母親がいたんじゃ、旦那様だってどんな男性だって身構えてしまいますよ」


 やっぱりだ。

 身分的につり合いの取れる女性がフレデリック様の周りにはいるのだ。

 私は動揺を精一杯押し隠しながら当たり障りのない言葉を探す。


「ミス・ボーフォートはイングリス様の従妹というわけでしょう? それならば美人なのもわかるわ」


 マージョリーは面白くなさそうに唇を突き出した。無作法でも彼女がやるとどこか憎めない。


「ミス・ダナ・ボーフォートはまだ十六歳ですけど、金髪がお綺麗で、あのミセス・ボーフォートのお嬢様にしては大層大人しい方です」

「そうなの?」


 いつもと変わりなく、落ち着いて聞こえるように意識して話す。意識しないといけないほどには私が冷静ではなかったからだ。


「とにかく、ミセス・ボーフォートは自分の娘をミセス・イングリスにしたいんです。それが目当てで毎年来るんです。でも、旦那様はそういうつもりがなくて、ミス・クロムウェルが見たらびっくりするくらい、旦那様も素っ気ないんですよ」


 フレデリック様にその気がないと聞いて、私がどれだけ安堵したか、マージョリーには伝わらなかったと思いたい。

 けれど、だからといって私がフレデリック様にとって特別な女性になれるという意味ではないのだから、間違っても勘違いしてはいけないけれど。


 それがダナ嬢かどうかはわからないとしても、フレデリック様のような人には婚約者がいて当然だ。もしかすると、もう誰かと約束は取りつけてあるのかもしれない。だからダナ嬢には素っ気ないのだろうか。


 確かめたくはない。曖昧にしておきたい。

 叶わない恋だけれど、せめて次の秋が来るまでは夢を見させてほしいから。


 秋になったら私はナンシーの先生を卒業する。そうしたら、私はここを去るのだ。


 この一年は私にとって特別で、人生の中でも幻のようなものだろう。いつまでもこの生活が続くなどと図々しく考えているわけではない。


 だから、フレデリック様が婚約者や夫人を持つとしても、その後であってほしい。

 私が冷静にその便りを受け止められるようになった後であってほしい。


 私のささやかな願いを、神様がどうか叶えてくださいますように。


 ――もう少し足しげく教会に通うべきかもしれない。

 今さらながらに私はそれを思った。

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