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21◇キャラウェイ・ケーキを手土産に

 実際にムーアに出る時にはフィンリーがついてきた。私とフレデリック様はそれぞれ馬に乗り、フィンリーも同じように馬に乗っている。

 ただし、何故かフィンリーは私たちと距離を保っている。


 よく考えてみると、フレデリック様が動くのなら馬車に乗ればよかったのではないのかという気もするが、馬を走らせるのが好きなのだろう。少年のように目が生き生きと輝いて見えた。


「ほら、あそこの陰に雷鳥(ライチョウ)がいる。見えるかい?」


 フレデリック様が指さす先に、茶色っぽい何かが動いた。乾いた草の間を移動し、どこかへ消えた。鳥だからといって飛べないのかもしれない。


「あれは雌だ。クロライチョウの雄はもっと黒くて尾羽に特徴があるから。鳴き声が少し残念なんだけど」

「またそのうちに見られるでしょうか?」

「うん、いくらでもね」


 と、フレデリック様は上機嫌で説明してくれた。

 フレデリック様は最初に、この土地は自分にとって楽園なのだと語っていた。真冬は別としても自然豊かなムーアにいると、フレデリック様はいつでも機嫌がいいのだろうか。


 風が、遮蔽物が少ないせいか強く感じられる。乗馬服のスカートが秋風にはためいた。私はそれを押さえつつ、空を見上げる。


 晴れ渡っているとは言い難い曇りの空。

 こんな日が多いけれど、この空も不思議と美しく感じられるようになってきた。


 さわさわ、さわさわ、と風が草を揺らす音に耳を傾けてみる。艶やかな花もなく、微かに黄色を帯びた草が立てる音だ。そこに私も値打ちを見出せるようになるだろうか。


 広がる大地に人影はない。

 私と、フレデリック様と、後方にフィンリーがいるだけ。

 この広い土地に私たちはぽつりと佇んでいる。


 ――私は、人に疲れていた。

 それでもここにいると、自分はとてもちっぽけで、誰もがちっぽけで、そう気にすることでもなかったのかもしれないという気になってくる。


 この地にぽつりと立っていたら、多分誰もが無力だ。それは私だけではない。私だけが特別何もできないということではない。


 大きく息を吸い、私はうなずいた。



     ◆



 そうして後日、私はついにナンシーの住む村まで行くことになった。

 フレデリック様が言うには、私は乗馬に向いているとのことだ。小さな頃は、母が顔をしかめるほどにはお転婆で、これでは嫁の貰い手もないと言われたくらい駆け回っていた。もともと、運動が嫌いではなかった。


 ナンシーの家の都合を聞き、双方が時間を割ける日を選んだ。私はいつでもいいけれど、フレデリック様がご一緒するから、そのためにスケジュールを調節していた。

 一緒に行くと言われた以上、勝手に私だけで出かけるわけにも行かない。


 ソーギル村へ行く日、私も楽しみで落ち着かなかったけれど、ナンシーもウキウキしていた。


「お母さんも皆も、楽しみに先生を待ってるんですよぅ」


 そんなふうに言ってくれると、私も嬉しい。何か手土産を持っていきたいけれど、私には用意できるものが何もなかった。

 挨拶だけだからいいだろうか。どうしようか。


 そんなことを考えていると、話を聞きつけたブレア夫人がキャラウェイ・ケーキを焼いたと言って持ってきてくれた。美味しそうな甘い匂いがする包みを受け取り、私は抱きつきたいくらいブレア夫人に感謝した。




 ケーキを入れたバスケットは、フィンリーが持ってくれることになった。私は乗馬に集中しろということらしい。


 フレデリック様はしっかりブラシをかけて手入れされた上着を着込み、黒毛の馬に跨っている。貴婦人は乗馬をしている姿が最も美しいと言うが、背筋をピンと伸ばし、堂々と騎乗するフレデリック様は貴婦人よりも美しかった。気品に溢れる良馬に相応しい。例え公爵であってもこれほど見事ではないだろうと思える。


 惚れ惚れするような軽やかさで馬を走らせ、私が遅れると戻ってくる。それこそ、天使のような微笑みを浮かべて。

 いつだったか、メイドのマージョリーが、旦那様のような男性に優しくされて嬉しくない女性なんていないと言った。

 確かにそうだ。私も嬉しい。とても。


「ロビン、あと少しだ。ほら、あっちに煙が見えるだろう?」


 棚引く細長い煙が流れてくる。少し焦げたような香ばしい臭いもした。


「本当ですね」


 私は前を向いたフレデリック様の横顔を見てうなずいた。


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