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19◇ポニーのアスター

 私がピアノの練習を始めたのとほぼ同時に、フレデリック様は可愛らしいポニーを連れてきた。

 栗毛に白い斑入りの若いポニーだ。黒い目は生き生きと、好奇心に満ち溢れている。その目が私を捉えた時、私もまたそのポニーの虜になっていた。


「まあ、なんて可愛らしい子でしょう」


 賞賛の言葉が私の口から漏れると、フレデリック様はポニーに繋がった手綱を引きながらその鼻面を撫でた。


「婦人用に調教を受けている。賢いいい子だ」

「名前はなんというのですか?」

「アスター。でも、ロビンがつけたい名前があるのなら、好きに呼んであげたらいい」


 アスター。いい名前だ。

 私はおずおずと手を伸ばした。アスターは私に興味を持ってくれたらしい。じっと私を見ている。


「アスター、どうか私と仲良くしてね」


 首筋の(たてがみ)を撫でると、あたたかかった。その体温を感じただけでほっと優しい気持ちになれる。

 フレデリック様は満足そうに微笑んで、そんな私たちを眺めていた。


「そうだな、明後日から練習を始めようか。ナンシーの授業が終わってから」

「はい!」


 いつになく声が大きくなってしまって私は慌てたけれど、フレデリック様はどこか嬉しそうに見えた。


 楽しみがまたひとつ増えた。

 けれど、フレデリック様にはたくさんの物を与えてもらって、その上に今後は時間まで割いてもらう。いいのだろうかと思うけれど、ぐだぐだと言い訳めいたことを口にするのではフレデリック様もうんざりするばかりだろう。


 私は素直な心を養って、ただ心から感謝すべきなのかもしれない。




 アスターのことが嬉しくて、私はナンシーに乗馬を習うという話をした。

 ナンシーも一緒に喜んでくれた。


「そうしたら、先生はうちまで来てくれます? あたしの家族に会ってくださいね。それで、ああ、先生に見せたいものがいっぱいあるんですよぅ」


 ナンシーの輝く目はアスターとよく似ているかもしれない。無垢な、澄んだ目だ。


「ええ、伺わせてもらうわね。そのためにも乗馬の練習を頑張るわ」


 それから、ナンシーはいつものごとくたくさんお喋りをした。私はその話を聞きながら、ナンシーが縫物の途中に針で手を突いてしまわないように気をつけた。


 読み書きが苦手なナンシーだが、手先は器用だった。家で手伝いをしていたのかもしれない。幼いとはいえ、子供たちは労働力でもあるのだ。


「とっても上手だわ。私が教えるほどでもないくらい」


 今日縫っていたのは、ハンカチの縁取りだ。今度は刺繍してもいいだろう。

 私が褒めると、ナンシーはさらに目を輝かせて顔を上げた。


「じゃあ、上手くできたら、お母さんのクリスマスプレゼントにします!」


 その言葉でハッと思い出した。

 そういえば、私は母のもとへまだ手紙すら送っていなかったと。


 現状が落ち着いてから知らせようと思い、そのままだった。そろそろいいだろう。

 ろくに会いにも行かず親不孝な娘だ。


 手紙にはなんと書こうか。

 今はロンドンではなく、ヨークシャーのラッシュライト・ホールで働いていること。少なくとも一年はここにいること。冬は雪深いところだそうなので、クリスマスには帰れないかもしれないということ。

 それくらい書けばいいだろうか。


 前の年には、休暇が短いのでなかなか帰れないと書いたのだったか。休暇が短いのは、私がそれでいいと言ったからではあった。


 帰りたくない。帰っても喜ばれないのがわかっていて、誰が帰りたいだろう。

 それでも母は残念だと書いて寄越す。それだけの関係だった。いつか改善しなくてはならないのかもしれないが、積極的だとは言えない。

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