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15◇淑女として

 ブレア夫人はどんなことを考え、待っていただろうか。


 あの人は、多くのことを見通す目を持っていると私は思っている。

 だから、あれほど厳しく叱責して見せたのは、私の怒りを静めるためであったのではないかという気がしてきた。

 目の前であれほどはっきりと叱責されたら、私の方が怒るに怒れなかったのだから。


 私がブレア夫人の部屋の扉をノックすると、二人が背後で息を呑んだのがわかった。


「お入りなさい」


 そっと扉を開き、私が顔を覗かせると、オーク材の椅子に座ったブレア夫人は片方の眉を軽く上げた。私は二人を中に入れ、苦笑するしかなかった。


「ご心配をおかけしました。ちゃんと話し合って和解しました。もう平気です」


 すると、三人とも私の顔を一斉に見た。


「私自身、職を失って明日も見えない状況でしたから、この時世で職を失うのがどれほど大変なことなのかを知っているつもりです。その上、彼女たちの仕送りを待つ家族までいるのですから、尚さらです。私が受けた侮辱ならば、私が侮辱と受け取らなければよいのでしょう」


 多分、少し前の私だったら、こんなふうには言わなかった。自分がいけないのだろうと思っても、その先に踏み込む気はなかった。職を失う人がいたとしても、私も同じなのだからどうでもよかった。


 今、彼女たちを気にかけるのは、ナンシーの教師として恥ずかしくない自分でいたいからだ。それがフレデリック様の親切に報いることでもあると思える。


 ブレア夫人は、私が出した答えに満足してくれるだろうか。その返答をもらう前に、マージョリーが泣き出した。


「わたし、まだミス・クロムウェルに謝っていません! ……失礼なことを言って、申し訳ありませんでした!」

「私も、申し訳ありませんでしたっ!」


 二人して声を上げて泣いた。こうしていると、小さな子供のようだ。私はナンシーにするようにして、二人の背中を撫でた。その肩越しに見たブレア夫人は、気が抜けたように微笑んでいた。


「許すのは今回だけですよ。罰則もちゃんと与えますから」


 それでも首は繋がったらしい。

 私は安堵して、ブレア夫人に礼を言って部屋に戻った。




 翌日になって、顔を合わせたエミリーが、いつもよりも気が急いたような口調で話しかけてきた。


「昨日のことを聞きました」

「昨日の……」

「マージョリーたちのことです」

「ええ」

「時々仕事の手を抜くことがあって、それには困っていたのですが、私とマージョリーは同い年で、その上に同郷だからつき合いは長いのです。あの子は長女で、いつも弟たちを叱り飛ばしていました。気がきつくて口も悪いとはいえ、根っから悪い子ではありません。ミス・クロムウェルが彼女たちを許してくださったと聞いて、私はとても嬉しかった……。それをお伝えしたくて」


 マージョリーに対する評価が厳しいように思うが、そこは気心が知れているからこそだろう。私にはそんなふうに言い合える相手はいないから、少し羨ましかった。


「改めて言われると恥ずかしいけれど」


 正直な戸惑いを告げると、エミリーははっきりそれとわかるほどの笑顔を浮かべた。


「ミス・クロムウェルは、失礼な言葉にも怒りを見せず、静かに話してくれた、ああいう態度が淑女というものだと思えたとマージョリーが申しておりました」


 解雇されるところを救ってもらえたと感じてくれたのかもしれない。

 それでも、過剰な誉め言葉は私の方が照れ臭い。もっと堂々と受け取れる自分になりたかった。


「あ、ありがとう」


 恥ずかしいけれど、心は軽やかであたたかい。


 人は常に、生きている限り、最良を選び取れるかどうかを試されている。

 いつも必ずしも正しい答えを選べるとは限らない。時に失敗し、信用を失い、周りの目が冷たくなることもある。


 今回、私が取った行動が正解に近いものであったとして――でも、もしあそこで怒りをあらわにしていたらどうだっただろう。

 それだけですべてを失うことはなかったとしても、この屋敷の人々と打ち解けるのはもう少し先のことになっていた。


 まっすぐな道を選び取り、歩み出せたのなら、私としても幸いなことだ。その道の先には何が広がっているのだろう。


 ふと見遣ると、エミリーも笑っている。

 私はまたひとつ学べたのだと思いたかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ロビンは、ブレア夫人が先に叱咤したから怒りが削がれてしまったのだろう――と分析していますが、怒る人はそれでも沸き上がった感情を容赦なく相手にぶつけるものです。 彼女が寛大な態度を取ることがで…
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