Case7 公爵家簒奪ですか?
「アクレー! お前はこのタラッタに嫌がらせをしてきたな!
お前のような陰険な女は王太子妃に相応しくない! お前との婚約は破棄する!」
カラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、卒業パーティーの会場で高らかに宣言した。
婚約者であるアクレー・コーシャック公爵令嬢は、この人はどうしようもない馬鹿だと呆れを隠しもせず
「公爵家令嬢たる私にあらぬ疑いを掛けたとなりますと、後で謝罪も簡単には参りませんのに、こんなところでいきなりとは…」
と、これ見よがしに呟いた。
ご丁寧に、センスで口元を隠してだ。いかにも嘲笑していますと言わんばかりの態度だ。
さすがにタリンにもそれは伝わったらしく、顔を真っ赤にして怒りだした。
「俺が嘘を吐いているとでも言うつもりか!?」
「私は、あらぬ疑いと申しております。
では、殿下は私が嘘を吐いていると仰せでしょうか」
「だから、俺が嘘を吐いているというのかと言っている!」
「殿下が嘘をとは申しませんが、誰かの嘘に踊らされているということはございましょう。
きちんとお調べになりましたか?」
興奮してまくし立てるタリンに対し、アクレーは涼しい顔で返す。
その姿は慇懃無礼といった趣で、タリンに欠片も敬意を抱いていないことがうかがえる。
ふと、タリンの右脇に立つ、先日まで義弟だった男に目をやったアクレーは、さも今気付いたかのように問いかけた。
「ところで殿下? そこに侍っているのは、先日我が家から追放したヨージーとお見受けいたしますが、このような席に無関係な平民をお連れになった理由をお尋ねしても?」
コーシャック公爵家の養子だったヨージーは、数日前に養子縁組を解消され、同時に貴族籍も剥奪の上、追放されていた。
理由は、公爵家簒奪を画策したこと。
正当なる公爵家長子であるアクレーを陥れようと、アクレーがルンタタ男爵令嬢に対し嫌がらせをしていた証拠を捏造していることが判明したのだ。
物証や虚偽の証言をする証人などを用意し、このパーティーに臨もうとしていたのだった。
その目的は、アクレーを排除して公爵家後継となること。要は、公爵家簒奪だ。
簒奪は大きな罪であるため、ヨージーは身一つで追放されるかたちとなった。
それでも、「次に姿を見せたら容赦はしない」という温情ある処分だった。
だが、ヨージーは今、アクレーの前に立っている。
「容赦はしない」とは、有り体に言えば「殺す」ということだ。
「ゴーエイ、あの慮外者を捕らえなさい。連れ帰ってお父様に引き渡します」
アクレーを追い詰めるための証拠を持っているヨージーを連れて行かれると思ったタリンは、慌てて止めに入った。
「待て! ヨージーの口を塞ごうなどとしても無駄だぞ!」
「これは公爵家簒奪という重大な問題です。
王子でしかない殿下が口を挟むことは国法上許されません。
それとも、殿下が裏で糸を引いてらしたということでしょうか?」
アクレーにそう返されて、タリンは詰まった。
まるで、タリンがコーシャック公爵家乗っ取りを画策して婚約破棄騒動を起こしたかのようになっている。
実際、タリンの計画では、アクレーを公爵家から追放し、ヨージーを次期公爵に据える予定になっていたのだから、乗っ取りと言われればそのとおりなのだが。
タリンが黙ると、アクレーはゴーエイにヨージーを捕らえさせ、退出した。
「一大事ですので、お暇させていただきます。
婚約破棄をお望みであれば、後日、父にお話しください」
アクレーがいなくなったことで、婚約破棄の話を続けられなくなったタリンは、タラッタと2人で中座した。
そして翌日、王に呼び出され、
「コーシャック公爵家を追放された養子をパーティー会場に入れたというのは本当か?」
と、いつになく厳しい顔で尋ねられた。
何かまずい話だと感づいたタリンは、
「一緒に会場には入りましたが、私が入れたわけではありません。
ヨージーは公爵家の跡取りと思っておりましたので、不自然とは思いませんでした」
と答えた。これは、彼の中では真実ではある。
「公爵家を出されると同時に、学園も退学となっておるゆえ、パーティーへの出席資格もなかったようだ。
彼奴はそのようなことを言っておらなんだか?」
「いえ、何も…」
「では、お前は利用されたということか。
これで公爵家が矛を収めてくれればよいがな」
結局、ヨージーは、公爵家簒奪を企んだ重罪人として公開処刑された。
一方、タリンは公爵家簒奪に加担したとは扱われずにすんだものの、アクレーとの婚約は解消され、公爵家の後ろ盾を失ったタリンは、王位から遠のくことになった。
アクレーは婿を取って公爵家を継いだのだった。