Case6 この人、叛逆者です!
「アクレー! お前はこのタラッタに嫌がらせをしてきたな!
お前のような陰険な女は王太子妃に相応しくない! お前との婚約は破棄する!」
卒業パーティーの会場で高らかに宣言したカラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパに、婚約者であるアクレー・コーシャック公爵令嬢は間髪入れず
「私との婚約を破棄? 失礼ですが正気でいらっしゃいます?
その意味するところをご承知の上でおっしゃっておられますか?」
と問いかけた。
さあこれから断罪するぞ、と意気込んでいたタリンは、話の腰を折られて盛大にムッとした。
「無礼な! 本気に決まっているだろうが!
だいたい、お前は…」
「この婚約は王命です。
王子ごときの一存で解消など…」
「王子ごとき」と貶され、再び話の腰を折られたタリンは、激昂した。
「やかましい! なにが王命だ、知ったことか! 俺はお前と…」
「誰か! 叛逆者です!タリン王子が陛下に叛逆の意を示されました! 直ちに拘束なさい!」
「な!?」
タリンは狼狽えた。もとより叛逆など考えたこともない。自分は黙っていても次の王だと信じている。
今回の婚約破棄にしても、次の王である自分の意見が通ると簡単に考えていた。
言われてみれば、確かに王命により結ばれた婚約だが、しかし…。
そんなことを考えている間に、事態は進んでいた。
「タリン王子は、私の言を遮って王命に逆らう意思を明確に見せました。
このままでは、王命に従おうとする私に危害を加える恐れがあります。
直ちに拘束を! 与する者も叛逆者として対処しなさい!」
いつの間にかすっかり自分を叛逆者と決めつけているアクレーに、タリンはますます怒りを燃やす。
「黙れ、この女狐が! お前のような女は公爵家から追放して…」
「ご覧なさい! 私の身に何かあれば、あなた方も叛逆者ですよ!」
どうしたものかと右往左往していた警備兵達だったが、この一言が決め手となった。
このまま手をこまねいていれば、自分達も連座の憂き目に遭うと理解したのだ。
少なくとも、王子が王命に逆らう発言をしたことは事実であり、それに基づいて公爵令嬢──この場で王子に次ぐ地位──の命令に従う分には、後で罪に問われる心配はない。
それからの対応は早かった。
「殿下。謀反の疑いにより、拘束させていただきます。
どうかおとなしく城へご同行願います」
「貴様ら、タリン殿下に対し無礼であろう!」
騎士団長の息子であるワンリ・ヨーク伯爵子息は、タリンに手を伸ばした警備兵を殴り飛ばした。
抵抗を受けたことで、兵の対応も切り替わる。
つまり、“謀反の疑い”から“叛逆者”となったのだ。
たとえ高位貴族といえども、叛逆者となった以上、制圧が優先される。そう、抵抗を抑えるために殺傷が許されるのだ。
警備兵達は、一斉に剣を抜いて構えた。
そして、不幸にしてワンリは脳筋だった。
彼は、力で自分を抑え込まんとする兵達にイラついたのだ。自分の置かれている立場など頭の片隅にもなかった。
あるのはただ、警備兵ごときになめられてたまるかというプライドだけだった。
ワンリは、「ふざけるな!」と兵の1人に殴りかかり、背後から斬られた。
一撃で致命傷とわかる傷だった。
当然だ、襲いかかってくる叛逆者に手加減などする必要も理由もないのだから。
目の前で血飛沫を上げて倒れるワンリを見たタリンは、呆然としたまま連行された。
そこには、王子としての矜持も何もなく、ただ側近をあっさり殺されたショックを顔に表した姿があった。
「多くの貴族の前で、王命がなんだと言ったそうだな。報告が上がってきておる」
貴族用の牢に入れられたタリンの前に、翌朝、王が姿を見せた。
「しかも、ワンリ・ヨークが警備兵に反抗するのを止めもせず静観していたと。
なぜ止めなかった?」
タリンは、答えられなかった。
叛逆者と言われたことが衝撃的すぎて、怒りのあまり何もできなかっただけなのだが、言葉で説明するのは難しい。
「あれだけの人数の前で、明確に反抗してみせたお前は、もはや一括りで叛逆者と目されてしまった。
今更お前だけが無関係では通らん。
お前は叛逆者として公開処刑となる」
「そんな…!」
「無論、ほかの者も同罪だ。
馬鹿者め」
「あ…ヨージーは…公爵家の者です。
アクレーも連座で…」
せめてアクレーも道連れに、との昏い想いは、見事に打ち砕かれた。
「あの養子崩れは、パーティー前に公爵家を放逐されておった。
公爵家に累は及ばぬ」
10日後、叛逆罪でタリンの公開処刑が行われた。
共犯者として、タラッタ男爵令嬢、デバン・ツギハ公爵子息、平民のヨージーも同時に処刑された。
彼らの罪状は、コーシャック公爵令嬢を陥れるために証拠をねつ造し、王を退位させての王位簒奪だったと発表された。