Case5 この婚約は王命です。
「アクレー! お前はこのタラッタに嫌がらせをしてきたな!
お前のような陰険な女は王太子妃に相応しくない! お前との婚約は破棄する!」
カラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、卒業パーティーの会場で、アクレー・コーシャック公爵令嬢を相手に盛大にやらかした。
言われたアクレー・コーシャック公爵令嬢は、とんでもなく冷めた目でタリンと、その腕にしがみついているタラッタ・ルンタタ男爵令嬢を見やり、やや下を向いてこっそりため息を吐いた。
そして顔を上げると、壁際で警備に当たっていた兵に命じた。
「タリン殿下が御乱心です。
直ちに保護して王城にお送りしなさい!」
突然話を振られた警備兵は、戸惑いつつ寄ってきて
「あの、御乱心とは…?」
と尋ねた。
アクレーは、兵にだけ聞こえる程度の小声で
「私と殿下との婚約は王命によるもの。
だというのに殿下は、王命である婚約を勝手に破棄すると宣言なさいました。
これが乱心でないのなら、陛下に対する叛逆の意図ありとなります。
ここは、ことを荒立てないよう乱心として退出していただきます。
後日、酔っていたからだと言えば、処分も軽くできるでしょう」
と伝えた。
そして、納得できずに喚こうとするタリンにも聞こえるように
「この婚約は王命によるもの。
これ以上王命をないがしろにする発言をなさるなら、叛逆罪と判断せざるを得ませんが」
と言うと、さすがにタリンもやらかしたことに気付いたらしく、おとなしく警備兵に連れられて退出した。
タリンがいなくなったことにより居場所を失ったタラッタやヨージーらも去らざるを得なくなったのだが。
アクレーは、それで終わらせるつもりは毛頭なかった。
直ちに家に遣いを送り、タリンとの婚約解消に動いたのだ。
パーティーの場では矛を収めたものの、タリンに婚約継続の意思がないことは明確だ。
アクレーは、父を通し、タリンがエスコートしなかったこと、ドレスを贈らなかったことなどを王に奏上し、婚約を解消した。
これによりタリンは後ろ盾を失い、王太子になる目はなくなったものの、タラッタとの結婚という目的そのものは成就することとなったのだった。
離宮に軟禁されての結婚生活となったが、あらゆる公務から解放され、王子として最低限の贅沢は許されたので、ある意味彼らは幸せだった。
「あそこで更に騒いでくだされば、完膚なきまでに潰して差し上げたのですけれど」