Case4 平等ではありませんよね?
「アクレー! お前はこのタラッタにさんざん嫌がらせをしてきたな!」
カラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、卒業パーティーの会場で、アクレー・コーシャック公爵令嬢を怒鳴りつけていた。
タリンの腕には、タラッタ・ルンタタ男爵令嬢がへばりついている。
タリンは、アクレーがタラッタに嫌がらせをしてきたことを糾弾し、婚約破棄するつもりなのだ。
だがアクレーは、タリンの剣幕に驚くこともなくこれ見よがしにため息を吐いた。
「なんだ、その態度は! 馬鹿にしているのか!?」
「私はそこの娘を存じ上げませんので。
どこの誰かも知らない相手に嫌がらせなど、どうやったらできるのでしょうか?」
アクレーは、いかにも“馬鹿は困る”といった雰囲気で答えた。
「そんな! アクレー様、一言謝ってください!
そうしたら、あたし…」
タリンの腕にぶら下がったタラッタが目に涙を溜めながら言うと、アクレーは
「私の名を呼ぶ許可を与えた覚えはありません」
と切り捨てた。
「学園内では平等のはずです!
アクレー様、なんでそんな意地悪言うんですか!?」
「あら、タリン様、そうなのですか?」
アクレーの後ろに控えていた男──ゴーエイ──が前に出て
「へえ~? 平等なんだ? じゃ、言わせてもらおうかな。
タリン様よお、こんなバカな女にうつつを抜かすなんて、バカな王子もいたもんだなあ」
と笑った。
ゴーエイの言葉にタリンが
「貴様、無礼だぞ! 手討ちにされたいか!」
と怒鳴ると、ゴーエイはへらりと笑う。
「あん? 平等なんだろ? バカをバカと言って何が悪いんだ?」
煽られたタリンが
「ふざけるな! 何が平等だ!」
と言った途端、アクレーは
「無礼討ちになさい」
とゴーエイに命じた。
ゴーエイは、滑るようにタラッタの脇に踏み込むと、「無礼者!」と一言発して右の手刀をタラッタの首の後ろにたたき込む。
ゴキリと音がするのと、タラッタの体が人形のように床を跳ねるのと、どちらが早かったか。
一瞬の後には、タラッタの体はうつ伏せに倒れていた。顔だけは天井を向いて。
「タラッタ!
貴様! よくもタラッタを!」
タラッタを抱き起こしたタリンがアクレーを睨むが、アクレーは涼しい顔だった。
「公爵令嬢たる私の名を勝手に呼んだ上、禁じても敢えて呼びましたので、無礼討ちいたしました。
王国法に乗っ取った正当な行為です」
「学園内で無礼討ちなど…」
「何が平等だ、手討ちにされたいか、と仰ったのはどなたでしたでしょうか?
ああ、それと、嫌がらせでしたか? いつでも無礼討ちできるのに、そんなつまらないことをすると本気でお思いですか?」
タリンは、タラッタの亡骸を抱いて呆然としていた。自分の一言でタラッタが殺されたという事実を認められなかった。
「父上! アクレーはタラッタを無残に殺したのです! 厳罰を!」
翌朝、タリンは王にアクレーの狼藉を申し立てた。
だが、王の反応は冷ややかだ。
「男爵令嬢は、許可なくアクレー嬢の名を、それも二度も呼んで無礼討ちされたと聞いたぞ」
「あのような場で、しかも傍には私もいたのですよ!
そんなところで無礼討ちなど!」
「なるほど、問題だな」
「そうでしょう! アクレーに罰を!」
「つまりお前は、目の前で婚約者が目下の者に名を呼ばれることを黙認していたというわけだな」
「え、いえ…」
「それはつまり、王子であるお前が、法を守る気がないことを周囲に知らしめたということだ。
本来であれば、お前が直ちに男爵令嬢をたしなめなければならなかったところだ。
そうであれば場は収まったであろう。
だがお前は、黙認した。
しかも、男爵令嬢が学園では平等と言った際には何も言わず、自分が名前で呼ばれた際には何が平等だと言ったそうだな。
お前は、法の適用さえ自分の都合で変えると宣言したわけだ。
為政者としては致命的だな。
お前の王位継承権を剥奪する。
政にも携わらせん。
婚約の方も解消となる。進路はゆっくり考えるがよい。
少なくとも、城に残ること、領地を得ることはないから、そのつもりでな」
部屋を追い出されたタリンは、しばらく一歩も動けなかった。