Case3 学園では皆平等
「アクレー! お前はこのタラッタに嫌がらせをしてきたな!」
カラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、卒業パーティーの会場で、アクレー・コーシャック公爵令嬢を怒鳴りつけていた。
タリンの隣には、タラッタ・ルンタタ男爵令嬢がくっついている。
タリンは、アクレーがタラッタに嫌がらせをしてきたことを糾弾し、婚約破棄するつもりでいた。
「私、そこの娘とは初対面ですが」
「口答えするな! タラッタが嫌がらせされたと言っているんだ!」
「私はやっていないと答えます。さて、どのような理由でどちらを信用されますか?」
興奮しているタリンに対し、アクレーは冷淡なほど冷静だった。
「アクレー様! 一言謝ってください! そうしたら私…」
「私の名を呼ぶことを許した覚えはありません」
目に涙を溜めながら謝ってくれと言うタラッタに、アクレーはにべもない。
「アクレー! なんだその言い方は!」
「許しなく高位の者の名を呼んではならない。これは我が王国の慣習法です」
「学園では皆平等だ! 公爵令嬢だからといって、名前を呼べないなどということがあるか!」
「学園では皆平等、間違いございませんか?」
「だから、平等だと言っているだろうが! 私の言葉を疑うのか!」
タリンが喚くと、アクレーの背後から男が出てきた。
タリンがエスコートしなかったため、アクレーは別の誰かにエスコートされて入場していたが、この男はそれとは別の、見たことのない男だった。
「んじゃあタリン様、言わせてもらいますがね?
婚約者のいる男が、よその女をエスコートして入場ってな、ひどい侮辱なんで、お嬢様に謝ってもらえませんかね?」
口調こそ丁寧なものの、男の言葉は辛辣だった。
なにしろ、王子に、公衆の面前で謝れと言っているのだから。
案の定、タリンは怒りだした。
「なぜ私が謝る必要がある!?
謝るべきはアクレーだろうが!」
男は、涼しい顔で反論した。
「いえいえ、婚約者をないがしろにしてそこの女をエスコートして入場されましたよね。その点について、お嬢様に謝ってもらいませんと」
「無礼な! 貴様にそんなことを言われる筋合いはない!」
「俺はコーシャック公爵家の寄子のダイダイン子爵家の嫡男で、ゴーエイと言います。
主家のお嬢様をないがしろにするタリン様の行動は、見過ごすことはできませんね」
「無関係な貴様にそんなことを言われる筋合いはない!」
「だから、無関係じゃねえって言ってるでしょう?
むしろタリン様、そこのタラッタ嬢でしたか? その女性の方が無関係でしょうが。
まさか浮気相手だから関係あるとか、頭にウジが湧いたこと言い出しませんよね?」
「貴様、なんだその言い草は! 無礼であろう!」
今正にアクレーとの婚約破棄とタラッタとの婚約を宣言しようとしていた機先を制されて怒るタリンに、アクレーは涼しい声で答えた。
「あらあら、学園内では皆平等と仰ったのは、タリン様ではございませんか。
だからこそ、男爵令嬢でしかないそちらの、タラッタ様? でしたか? 彼女が私の許しなく話しかけたり、許可なく私を名前で呼んだりできたのでしょう?
もし、先ほどのゴーエイの言動が無礼に当たるのでしたら、私はタラッタ様を無礼討ちいたしますが」
この一言に、タリンは激昂した。
「タラッタを無礼討ちなどと、私が許すと思っているのか! お前こそ無礼討ちしてくれる!」
「私がタリン様にどのような無礼をはたらいたと仰います?
無礼討ちは、王国法に定められた厳格な制度です。タリン様が私を害せば、高位貴族の殺害となります。
一方、高位貴族への許可なき名前呼びは、無礼討ちの対象となっております。タリン様の許可などいりません。
…それとも、タリン様は法を守るおつもりがないとの宣言でございましょうか?
であれば、陛下への叛意と受け取らせていただきますが。
いえ、学園内では平等だから無礼ではないとの仰せでしたか。
では、ゴーエイがタリン様に何を言っても、無礼とは仰いませんわね?」
「アクレー、お前は…」
「それと、ゴーエイはタリン様と呼んでおりますので、タリン様もゴーエイ様とお呼びくださいませ」
確かに、公爵令嬢アクレーが、男爵令嬢であるタラッタを様付けで呼んでいた。
だが、王子であるタリンにとって、様付けで呼ぶ相手などこれまでおらず、その忌避感は強かった。
「社交において、様を付けずに呼んでいいのは、ごく親しい友人関係か、親族や寄子の下の者のみとなります。私はタリン様の婚約者ですので呼び捨てていただいて構いませんが、ゴーエイは我が家の寄子。タリン様が呼び捨てていい相手ではございません」
当たり前のように様付けを要求するアクレーに、タリンがイラついていると、ゴーエイが更にたたみかけてきた。
「タリン様って成績悪いし知らないのかもしれませんが、これ、常識ですから。
あれ? もしかしてタリン様、俺のこと友人として扱ってくれてます? だったらゴーエイでいいよ、タリン!」
もうタリンの顔は怒りで真っ赤になっていた。
だが、ゴーエイを咎めることは、タラッタを無礼討ちすることを認めることに繋がる。
そして、それを止めようとすれば、タリン自身が謀叛人として捕らえられる話になっていた。
卑劣な罠だが、抜け出す方法が見付からない。
「だから、アクレーがタラッタに嫌がらせを…」「だからさ、俺の話が先だって。
逃げんなよ、タリン。
いいか? 頭の悪いお前にもわかるように教えてやるとな、お前は婚約者であるお嬢様を放ってよその女をエスコートしてきたんだ。
陛下がお決めになった婚約者を放置したんだぞ? 陛下に何て申し開きするつもりだ?
お前は陛下をないがしろにしたんだ、ことと次第によっちゃ、王位継承権どころか命がなくなるぞ?
親切な友人の俺が忠告してやる。
今すぐ城に帰って陛下に弁明しろ」
婚約者をエスコートしなかったくらいで、第1王子である自分の立場が揺らぐとは思えなかったタリンだが、既に婚約破棄などできる状況ではないので、おとなしく引き下がることにした。
後日、タリンは王に呼び出された。
「卒業パーティーで、婚約者であるコーシャック公爵令嬢エスコートせず、どこぞの男爵令嬢をエスコートしたそうだな?」
「はい」
「公爵家からの抗議により、婚約は解消し、お前はその男爵令嬢と婚約を結び直すこととなった」
「本当ですか!?」
タラッタとの婚約が認められて喜色満面となったタリンだったが、次の王の言葉に愕然とした。
「公爵家から見限られたのだ、やむを得まい。
聞けば、その令嬢は男爵家の庶子だそうだな。
お前はいずれ臣籍降下して子爵家を興すことになる。
官吏になれるよう、今から試験に備えるがよい」
官吏になれるよう、というのは、領地を与えないから、自力で官吏になって生活費を稼げ、という意味だ。タリンがこれまで考えたこともない未来だった。
「どういうことですか!? 私は王太子に…」「なれるわけがなかろう。後ろ盾であった公爵家はお前を見限ったのだ。自業自得というものだ」
タリンは、結局、官吏に合格できず、無役の子爵として、妻タラッタと共に年金で貧しく過ごしたという。