Case2 ヒロインはいなくなった
「タラッタはどうしてまだ来ない!?」
カラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、卒業パーティーの会場前でイライラしながら待っていた。
幼い頃、王家とコーシャック公爵家との間で結ばれた婚約を今日こそ破棄すべく準備を進めてきたのだ。
この卒業パーティーで、アクレー・コーシャック公爵令嬢がタラッタにしてきた数々の嫌がらせを断罪し、婚約を破棄するのだ。
そう思って待っているのだが、肝腎のタラッタが一向に姿を見せない。
やはり男爵家まで迎えに行くべきだったか。
そうこうするうちに、アクレーが会場に入っていった。見覚えのない男にエスコートされて。
「ヨージー、あの男は誰だ? あまり場慣れしていないようだが、公爵家の使用人か?」
「いえ、我が家にあのような使用人はおりません」
なら、分家から適当なのを連れてきたのか。
パートナーがいなくても入場はできるが、冷たい視線を浴びるからな。
いつまで待ってもタラッタは来ない。
会場内で待つか…。いや、それでは遅れて着いたタラッタが惨めな思いをすることになる。
「やむを得ん。迎えに行くぞ」
先触れもなしに貴族家を訪ねるなど褒められた話ではないが、途中で会えるかもしれん。念のため、ヨージーにはこのままここでタラッタを待ってもらおう。すれ違いになっても困るからな。
「いない? もう出たということか?」
「いえ、当家に未婚の娘はおりませんと申しております」
突然の王子の来訪に玄関先まで飛んできたルンタタ男爵が冷や汗を垂らしながら答える。
どういうことだ!? ここは確かにルンタタ男爵家のはずだ。
「タラッタをどこにやった!?」
興奮したタリンが叫ぶと、男爵は天を仰いだ。その顔には、「名前は出さないでほしかった」という想いが浮かんでいた。名前を出されたら、いない理由を説明しないわけにもいかない。
さすがに王子と玄関先で立ち話を続けるわけにもいかず、男爵はしぶしぶタリンを招き入れた。
「タラッタという娘は、確かに当家におりました」
「そうであろうが! なぜ嘘を吐いた!?」
「嘘ではありません。今はもういないのです」
「どういうことだ!?」
「タラッタは、先日、嫁ぎました」
「なんだと!?」
タリンは信じられなかった。タラッタには婚約者などいなかったはずだ。
「縁ありまして、とある子爵家に嫁ぐことになったのです」
「俺は聞いてない!」
「陛下のご裁可はいただいておりますが」
男爵は、「なぜ殿下に報告がいるのですか?」と言いたげな顔で答えた。
タリンも、さすがに「王の許可がある」と言われてしまえば、もう文句は付けられない。
引き下がるしかなかった。
とりあえず、ヨージーを待たせていた会場に戻ると、ヨージーの姿もなかった。
「どういうことだ」
守衛の兵に訊くと、ヨージーはコーシャック公爵家から迎えが来て帰ったとのことだった。
首を捻りながら城に帰ると、すぐに王から呼び出される。
「アクレー嬢を迎えに行かなかったそうだな」
「はい。他の者がエスコートしておりました」
「なぜだ?」
「は、いえ、誰かまでは…」
「そんなことは訊いておらぬ!
なぜ婚約者を迎えに行かなかったのかと訊いておる!」
「私は、ルンタタ男爵令嬢と……そうだ、父上! タラッタが結婚したなどと…」
「ルンタタ男爵令嬢なら、先般、婚姻の許可を出したところだ。
まさかお前は、人妻に懸想して婚約者をないがしろにしたと申すか」
「人妻などと! タラッタに結婚の予定などありませんでした!」
「で?
婚約者をエスコートしなかった理由はあるのだろうな?」
「アクレーは王妃に相応しくありません。
私は、アクレーとの婚約を破棄したいと思います」
「そうか。
公爵家からも婚約解消の打診を受けておったところだ。
現実にお前が公爵令嬢に対する義務を果たさなかった以上、認めざるを得まい」
王の言葉に、タリンは顔を輝かせた。
「それでは!」
「当面、お前の継承順位を3位に落とす。
自力で、後ろ盾となる家を探せ。
見付からなければ、王位は継げぬものと心得よ」
「なんですって!?」
「後ろ盾となってくれていた公爵家を自ら切り捨てたのだ、当然であろう?」
「そんな…」
「己の立場を正しく理解し、それに従って身を慎めぬ者に王は務まらぬ。
ああ、臣籍降下するにしても、引き取り手がなければ領地なしの子爵だ。
せいぜい後ろ盾を探すのだな」
盤石のつもりだった王太子の座を取り上げられたタリンは、ヨージーに連絡しようとしたが、公爵家からは「家督簒奪を狙ったヨージーは平民にして追放した」との返事が来ただけだった。
タリンがタラッタにかまけて婚約者をないがしろにしていたことは学園で知らぬ者もなく、タリンを相手にする者もいなかった。
タリンは無役の子爵として臣籍降下し、僅かな年金を頼りに生涯独身で過ごした。
解説
ルンタタ男爵は、アクレー(コーシャック公爵家)からの働きかけにより、タラッタをコーシャック公爵家派閥の家に後妻に出すことで、派閥に入れてもらえたのでした。