Case1R パーティーには行きません
婚約者である第1王子タリン様が男爵家の庶子にご執心との噂が学園を駈け巡っています。
天真爛漫といえば聞こえはいいですが、その娘は貴族としての自覚も矜持も何もなく、ただ降って湧いた男爵令嬢としての立場を享受しているだけです。
常識のなさも手伝って、巧く立ち回れば高位貴族との縁も結べると信じているようです。
あっさり籠絡されるご子息達の程度の低さにも頭痛を覚えますが、まともな感覚を持った殿方なら、火遊びの相手にも選ばないところです。
最初から口を封じるおつもりでいるなら別でしょうが。
まさか、王子として教育を受けてきたタリン様があんな輩に籠絡されるとは、思ってもみませんでした。
どうやら私が嫌がらせしているなどと吹き込まれているようですが、裏も取らずに信じてしまうとは、どういうことなのでしょう。
まったく困ったものです。
たかが男爵家の庶子など、私が排除しようと思えばいくらでも方法があるというのに、頭の悪い嫌がらせなどするわけがないではありませんか。
王命による婚約でなければ、私の方からとっくに解消を申し出ているところです。
ヨージーも、タリン様を焚き付けているようですが、婚約が解消されたら、自分が公爵家の後継者になる目がなくなるということを理解しているのでしょうか。
まさか、本気で私を追放できるとでも思っているとか?
妙な資料を作っているとの報告もありますが、自分の立場を理解できないほど愚かでしたか。
「お父様、ヨージーのことなのですが」
「ああ、妙なことを企んでいるようだな。
理由に心当たりはあるか?」
さすがにお父様はご存じでしたわね。
「心当たりといいますか、私を排除すれば公爵家を継げると考え違いしているのではないかと」
お父様の顔がみるみる曇りました。
「もう少し頭が回ると思っていたのだがな」
「回らないこともありませんが、使いどころを間違えているように感じます。
変に跡継ぎと期待させてしまったのがよくなかったようです。
候補の1人に過ぎないことは、仰らなかったのですか?」
「それも含めての候補筆頭だ。
増長しないかは、実際に身を置かせねばわからん」
「では」
「落第だな。
適当なところで放逐する」
「わかりました。
では、当面放置いたします。
いざという時のための書面をお願いします」
言えば、お父様はすぐにサインを入れて渡してくださいました。
書面が既にできあがっていたということは、とっくに見限っておられたのですね。
「タリン様は、どうやら卒業パーティーで何やら企んでおられるようですので、それを待って陛下に奏上いたしましょう」
卒業パーティーまであと3日となりましたが、まだタリン様からドレスが贈られてきません。
細かい調整などを考えれば、5日前には届くべきものですのに。
タリン様がドレスを発注していたのは確認できていますから、どうやら庶子の方にドレスを贈り、エスコートもそちらにするおつもりのようですわね。
ならば。
当日、手持ちのドレスに着替えて待ちましたが、タリン様のお迎えは来ません。
ヨージーは早々に出掛けましたし、これは確定ですわね。
「それでは、お父様」
「うむ。行くか」
陛下には、事前にお父様が謁見のお約束をしておりましたが、私も一緒にいることに驚いておられるようです。
「今日は、卒業パーティーではなかったかな?」
「はい、殿下からお迎えがございませんでしたので、欠席することとなりました。
楽しみにしていたのですが」
「なに?」
「殿下はドレスを発注されていましたが、私のところには届いておりません。
婚約者のための予算の流用がないか、ご確認くださいませ。それと、こうなった以上は、婚約の持続は難しいと存じます」
「あいわかった。やむを得まい。
これまですまなかったな。
そなたに不都合のないよう計らうゆえ、こらえてくれ」
こうして、私は公爵家の跡取りに戻ることになったのです。