Case9 証人だっているんだ!
「アクレー! お前はこのタラッタに嫌がらせをしてきたな!
お前のような陰険な女は王太子妃に相応しくない! お前との婚約は破棄する!」
カラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、卒業パーティーの会場で高らかに宣言した。
婚約者であるアクレー・コーシャック公爵令嬢は、この人はどうしようもない馬鹿だと呆れを隠しもせず
「公爵家令嬢たる私にあらぬ疑いを掛けたとなりますと、後で謝罪も簡単には参りませんのに、こんなところでいきなりとは…」
と言い返した。
ご丁寧に、センスで口元を隠してだ。いかにも嘲笑していますと言わんばかりの態度だ。
さすがにタリンにもそれは伝わったらしく、顔を真っ赤にして怒りだした。
「俺が嘘を吐いているとでも言うつもりか!?」
「私は、あらぬ疑いと申しております。
では、殿下は私が嘘を吐いていると仰せになっていることになりますが」
「だから、俺が嘘を吐いていると言うのかと言っている!」
「ですが私は嘘など申しておりません。
殿下も嘘は吐いていない、と。
であれば、嘘を吐いているのはどなたなのでしょうね?」
「言っていろ! すぐにぐうの音も出なくしてやる。
ヨージー、こいつの罪状を教えてやれ!」
ヨージーが滔滔とアクレーがタラッタにしてきたということを述べていく。
曰く、足を掛けて転ばせた、曰く、教科書を破り捨てた、曰く…
タリンは、アクレーを冷ややかに見ながら
「どうだ、何か言うことはあるか」
と言い放つ。
対するアクレーは平然と
「言いがかりもいいところです。
確たる証拠があるとでも?」
と、これまた冷たく答えた。
「もちろんあるに決まってるだろう!
澄ました顔をしていられるのもここまでだ!
ワンリ!」
タリンの命を受けてワンリが4人の学生を連れてきた。
「お前達の見たことをありのまま言ってやれ!」
タリンに言われた一人目の学生は、おどおどと周囲を見回すばかりでしゃべろうとしない。
学生が自分やアクレーをチラチラと見ていることに気付いたタリンは、学生がアクレーの報復を恐れているのだと悟った。
「大丈夫だ。ここでの発言でコーシャック公爵家から報復させるようなことはしない。
ありのままを言ってくれ」
なおもチラチラとタリンを見ていた学生は、意を決したかのように口を開いた。
「コーシャック公爵令嬢が、ルンタタ男爵令嬢に足を掛けて転ばせたのを見ました、と言えと言われました。
本当は、ルンタタ男爵令嬢は自分で転んだんです」
思いもかけない裏切りに、タリンは目の前が真っ赤になった。
「見ていないだと!? タラッタが1人で転んだだと!?
アクレーにそう言えと脅されたのか!?」
「いえ、足を掛けて転ばせたと証言するよう命じられたんです」
「誰から!?」
「コーシャック公爵子息からです」
「なに!?」
慌ててヨージーを見ると、ブンブンと首を振っている。
「私は、そのようなことは…」
「そっちの、お前はどうだ!
アクレーがタラッタの教科書を破るのを見たんだろう!?」
二番手に準備されていた女子学生に噛みつくように怒鳴ったタリンだったが、彼女もまた否定した。
「そう証言しないと、我が家がどうなってもしらないと脅されました。公爵家ご子息に」
タリンは混乱した。
ヨージーからは、目撃者がいるから間違いないとしか聞いていなかった。
「ヨージー、これはどういうことか説明なさい。
脅して証言を強要したというのは、本当なのですか」
アクレーに睨まれたヨージーは、混乱した。
確かに証言するよう依頼したが、家を潰すなどと脅してはいない。
とはいえ、虚偽の証言を依頼したこと自体は事実だから、事実無根とまでは言えなかった。
アクレーは、タリンにも確認した。
「殿下は、このことをご存じなかったのですか?」
「当たり前だ! どういうことだ、ヨージー!?」
タリンからも詰問され、ヨージーはますます詰まった。
元はといえば、タリンがタラッタと結婚できるよう、アクレーを排除するための方策だ。
ついでに公爵家からアクレーを追放すれば、自分の後継者としての立場も盤石となる、そう思っての行動だった。
「いえ、私は…」
うまい言い訳を思いつけないでいるうちに、アクレーが警備の兵に命じた。
「殿下を謀り、式次第を混乱させた者を捕らえなさい。
真偽と、その目的を取り調べて陛下にご報告を」
祝宴の席を謀略で乱したということなら、警備の範疇と受け取った兵は、それでも高位貴族に対する処遇をもってヨージーを連れていった。
そして、残されたタリンは、アクレーから反撃を受けることとなった。
「ヨージーが何のためにこのような騒ぎを起こしたのかはわかりませんが、こちらに揃えられた証人とやらの皆様のこと、殿下はご存じなかったのですか?
それは、あまりにも杜撰ななさりようかと思いますが」
実際、証人と顔を合わせることなくことに及んだタリンは、一言も言い返せなかった。
「ともあれ、彼らの安全は殿下が保障なさったのですから、責任を果たさねばなりません。
こちらの方々を城へご案内なさい。
くれぐれも丁重に。殿下の客人です」
アクレーは、そう言って証人達を警備の兵に委ねた。
兵は、額面どおり、城へと案内した。
城では、アクレーからの通報を受けて、翌日、証人らから個別に聴取を行った。
無論、ヨージーは平民用の独房だ。
既に公爵家から放逐されていたヨージーは、もはや貴族としてではなく平民として扱われることとなった。
夜になり、証人達は聴取を終えて帰宅することとなり、タリンは王に呼び出された。
「コーシャック公爵令嬢との婚約を解消すると言ったそうだな」
「解消ではなく破棄です、父上」
王は、ため息をひとつ吐いて続けた。
「どういう意図でのことだ。
余と公爵との間の政略を、何の権限あって潰したのだ?」
「アクレーは王妃に相応しくありません。
あんな陰湿ないじめをする者は…」
「そのために虚偽の証人まで用意したと申すか」
「私はそんなことは!」
「しておらぬと申すか。
では、あの者らは嘘を吐いているということか。お前はその証拠を持ち合わせているのか?」
「いえ…」
「王家の取り調べに虚偽を申し立てたとなれば、厳罰に処さねばならん。
無論、それを言うには証拠がいる。あるのだろうな。
お前の前では、彼らはなんと言っていたのだ?」
「…ヨージーが間違いないと言っていましたので」
「その元養子は、公爵令嬢とお前の婚約を潰すために企んだと自供した。
目的は、嫡子たる公爵令嬢の排除であろう。
そやつの独断ということで、お前に咎は及ばぬが、婚約は白紙に戻さざるを得まい」
タリンは、とりあえず婚約破棄という当初の目的を果たせたことで、喜びの色を浮かべた。
「では」
「今後のことは、自分で考えよ。
臣籍降下してその男爵令嬢を迎えるなり男爵家に婿に入るなり、自分で算段するように」
「は? 臣籍降下ですか?」
「爵位がどうなるかは、今後のお前の働き次第だ。このままなら、男爵位も与えぬがな」
「どういうことですか!? 私は王太子に…」
「公爵家の後ろ盾をなくしたのだ、もはや王位は望めぬ。
公爵家からすれば、お前は恩知らずで、今や政敵だ。
今後は、何かとお前の邪魔をしてくることだろう。
それだけのことをお前がしでかしたのだ、自分の力だけでなんとかせよ。
…言っておくが、余が怒っていないなどと思わぬことだ」
最後に、殺気と見紛うほどの威圧を放って、王はタリンを下がらせた。
結局、タラッタは、公爵家の怒りを恐れた男爵家によって、修道院に送られた。
そして、タリンは、婿入り先など見付かるわけもなく、さりとて自力で生きていく算段も立てられず、幽閉された。
表向きは病ということで、いずれそのまま病死という名の処刑が待っている。
ヨージーは、タリンを騙して利用し、アクレーを害そうとしたことで、秘密裏に処刑された。
アクレーは、婿を取って公爵家を継いだ。




