Case8 それを言ったら後戻りはできませんよ
「アクレー! お前はこのタラッタに嫌がらせをしてきたな!
お前のような陰険な女は王太子妃に相応しくない! お前との婚約は破棄する!」
カラッパ王国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、卒業パーティーの会場で高らかに宣言した。
婚約者であるアクレー・コーシャック公爵令嬢は、この人はどうしようもない馬鹿だと呆れを隠しもせず
「公爵家令嬢たる私にあらぬ疑いを掛けたとなりますと、後で謝罪も簡単には参りませんのに、こんなところでいきなりとは…」
と言い返した。
ご丁寧に、センスで口元を隠してだ。いかにも嘲笑していますと言わんばかりの態度だ。
さすがにタリンにもそれは伝わったらしく、顔を真っ赤にして怒りだした。
「俺が嘘を吐いているとでも言うつもりか!?」
「私は、あらぬ疑いと申しております。
では、殿下は私が嘘を吐いていると仰せになっていることになりますが」
「だから、俺が嘘を吐いていると言うのかと言っている!」
「殿下が嘘をとは申しませんが、誰かの嘘に踊らされているということはございましょう。
きちんと証拠をご確認なさりましたか?」
興奮してまくし立てるタリンに対し、アクレーは涼しい顔で返す。
その姿は慇懃無礼といった趣で、タリンに欠片も敬意を抱いていないことがうかがえる。
その姿に、タリンの怒りは頂点に達した。
「ヨージー! 証拠を見せてやれ!」
タリンの右脇に立っていたヨージーは、ようやく出番が来たとニヤリと笑い、証拠の一覧を読み上げた。
いわく、アクレーがタラッタの教科書を隠した
いわく、アクレーがタラッタの上着をゴミ箱に捨てた
読み上げた項目と目撃者の数が10を数える頃、それまで黙って聞いていたアクレーが口を開いた。
「もう十分でしょう。
こやつらを捕らえなさい!」
アクレーの声に応えてなだれ込んできた近衛兵を見て、タリンは混乱した。
本来、近衛兵は王族を守るために存在する。
それが、まるでアクレーが主であるかのように動き、あまつさえタリンを捕縛しようと迫ってくるのだ。
「何をする!? 王族を守るのが近衛の…」
「陛下より、公爵令嬢の指示に従うよう命じられております」
抵抗するタリンをはじめ、タラッタもヨージーもワンリも、皆捕らえられた。
タリンは貴族用の牢に入れられたが、ヨージーとタラッタは一般の牢に入れられた。
翌朝、タリンの牢に王が姿を見せた。その顔には、呆れが浮かんでいる。
「公爵から話を聞いた時にはまさかと思ったが、真であったとはな」
「父上! これはいったいどういうことなのですか!? なぜ私が牢になど…」
「コーシャック公爵令嬢がルンタタ男爵令嬢に嫌がらせをしていたそうだな?」
タリンの言葉を遮り、王は問うた。
「そうです! ですから証拠を集めてアクレーを断罪し、婚約破棄しようと…」「愚か者め! 集めた証拠とやらは、全て捏造されたものであろうが!
事前に公爵から、養子がお前にたぶらかされてよからぬことを企んでいると報告を受けておったのだ。
まさかと思うからこそ、近衛を貸し与えたものを。
養子に公爵家を与え、後ろ盾とすることで令嬢を捨てても王太子の座を盤石なものとする……悪くはない手だが、実現するには実力が足りなかったな。
嫡子たるアクレー嬢を追放して養子に継がせるなど、明確に簒奪だ。
発覚した以上は、相応の罰を受けさせねば、貴族の反発を招く」
タリンには、正直、そこまで明確に計画があったわけではなかった。
ただ、腹心であるヨージーが公爵家当主となれば、なにかとやりやすいし、ヨージーにも報いることができる、そう思っただけだった。
だが、それこそが正に意のままになる後ろ盾を得る方法だったのは皮肉だった。
「王子が公爵家簒奪をもくろんだなど、とんでもない話だ。
お前達の首で公爵には溜飲を下げてもらわねばな」
打ちひしがれるタリンを見やって、王は引き上げた。
半月後、タリン、タラッタ、ヨージー、ワンリらは、公開処刑された。
罪状は、王位簒奪を企図したこと。
公爵家の簒奪でなく、王位の簒奪とされたのは、印象操作のためだった。
王位簒奪の手段として公爵家を乗っ取ろうとした、とすることで、王子が貴族家を乗っ取ろうとしたわけではないとしたのだ。
実際、流れとしては大きく外れてはいなかったため、タリンは王位を狙ってやり過ぎた王子として処刑された。
婚約破棄を正当化するために冤罪をかけようとしたという本当の理由が表沙汰にされなかったのがタリンにとって幸運だったのかどうか、知る者はいない。




