Case1 悪役令嬢は来なかった
同じキャラ・設定で異なる展開の婚約破棄・ざまぁを書いてみようと思いました。
「おのれ、アクレーはまだ姿を見せないのか!」
カラッパ王国の国の第1王子:タリン・ノー・カラッパは、イライラしながら待っていた。
アクレーというのは、国でもトップクラスの権勢を誇るコーシャック公爵家の令嬢で、タリンの婚約者だ。もっとも、タリンはアクレーを自らの婚約者とは認めていないが。
タリンとアクレーの婚約は、父である現王と公爵によって結ばれた政略だった。
確かにアクレーは優秀だ。頭のデキではタリンとは比べものにならないほどに。
だが、ツンと澄ました表情に乏しい顔、肉付きの薄い体、何より子供かと言いたくなるような胸元など、ことごとくタリンの好みから外れていた。
学園に入り、タラッタと出会ったことで、タリンの日常は変わった。
日だまりのような笑顔、小さなことにもいちいち喜びを顕わにする感受性、そして何より弾力に富んだ体。
女性の体とはこういうものだろう、と強く思った日のことを、タリンは忘れない。
タラッタは、ルンタタ男爵家に引き取られた庶子だ。
男爵が外で生ませた娘を、最近引き取ったらしい。
そのせいか奔放で物怖じしない性格で、タリンはそういうところも気に入っていた。
アクレーという婚約者がいるにもかかわらず、タリンはタラッタを連れ回していた。周囲からどう思われているかなど気にも留めずに。
そしてタリンは、今日、この卒業パーティーにおいて、アクレーとの婚約を破棄し、タラッタに嫌がらせをした廉で断罪すべく準備を進めてきたのだ。
なのに、アクレーの姿はなかった。
「おい、アクレーはなぜいない?」
アクレーの義弟であるヨージー・コーシャックに尋ねても、
「わかりません。私の方が早く出ましたので。
しかし、出掛ける準備はしていました。来ないはずがありません」
ヨージーの言葉に安心したタリンは、もうしばらく待つことにした。
しかし、いつまで待ってもアクレーは来なかった。
当のアクレーがいなくては、断罪も婚約破棄も格好がつかない。
タイミングを失ったタリンは、場の喧騒に加わることもなくすごすごと帰るしかなかった。
そして、翌日、タリンは王から呼び出された。
「タリン、夕べ、婚約者であるコーシャック公爵令嬢を迎えに行かなかったそうだな」
「は、それは…」
「無論、王命による婚約者を放置しなければならなかった正当な理由があるのであろうな?」
「アクレーはタラッタを…ルンタタ男爵令嬢に度重なる嫌がらせを…」「そんなことは聞いておらん」
王はバッサリと切った。それはもう清々しいほどに。
「余が決めた婚約に不満があると申すか」
「アクレーは王妃には相応しくありません!」
「ほう? 婚約者のための諸費用をよその小娘のために流用するお前は王子に相応しいと申すか?
昨夜、コーシャック公爵令嬢から陳情があった。
お前からドレスも贈られず、迎えもなかったとな。だが、調べてみれば、ドレス代の支出手続はされておった。
喜ぶがよい、婚約は解消しておいてやろう。お前は当面離宮にて謹慎を命ずる」
「待ってください、父上! それは…」
言い訳を始めたタリンだったが、近衛に猿ぐつわを噛まされて引きずられていった。
そして、1か月後、王子タリンの病死の報が流れた。
解説
大事な日に形だけでも迎えに来ないタリンに、アクレーは王に直訴(&たれ込み)という手段に出ました。
第2話を明日(10/9)夜更新します。