いきなり生存本能
◇◆◇
翌朝、ソファーの上で目を覚ます。
寝室の様子を伺うと、リターシャさんは足を広げ豪快ないびきを鳴らしていた。
時刻は朝の5時、爆睡中なのも無理はない。
「行くか」
顔を洗い意識を鮮明にした後、てきぱきと着替える。
そうして向かったのは、新聞配達のアルバイトだ。
小さな事務所に入ると、すでに3人のおばちゃんが作業を開始していた。
「おはようございます」
「あら、おはよう三森君。準備できてるわよ」
チラシの挟まった新聞の束を受け取り、外に止めてある自転車に乗り込む。
毎朝100束、各家のポストに投函するのが日課となっていた。
大体2時間ぐらい掛けて全ての家を周り事務所に戻ると、手渡しでお給料をもらう。
すると、おばちゃんの一人が話しかけてきた。
「三森くんは本当に真面目ね」
「いえ、そんなことないですよ」
「一人暮らししてるんでしょ? 何か手伝えることある?」
「大丈夫です、なんとかやれてますから。お気遣い、ありがとうございます」
「立派ねぇ、うちの子に爪の垢を煎じて飲ませたいわぁ」
「では、僕は学校がありますので。お先に失礼します」
「お疲れ様」
特別なことじゃない。
孤児院から抜け出すためには、一人でお金を稼ぐ力が必要だっただけだ。
……昨日から二人分稼がなきゃいけなくなっちゃったけど。
新聞配達のアルバイトは人手的にこれ以上シフトを増やしてもらうことはできないだろうし……気が引けるけど、茉莉さんに相談してみようか。
「ただいま~」
「おう、お帰り」
そんなことを考えながら帰宅すると、アリーシャさんが返事をした。
さすがに起きてた。ん、なんだろうこの匂い。
「お勤めご苦労さん。朝食、できてっぞ」
「朝食!? 本当に家事ができるの!?」
「当たり前だろ、ほら」
「うっ……わ~!」
テーブルの上には完璧な「朝食」が並んでいた。
鮭の塩焼きにキャベツの千切り、豆腐とわかめの味噌汁に、山盛りのご飯。
思わずうなり声をあげてしまう。
「冷蔵庫にあるもん、勝手に使わせてもらったからな」
「別にいいけどさ、よく作れたね」
「料理系の書物は沢山読んでたからな。それに、生き残る為に食事は必須だろ?」
「ま、まぁ……そうだけど」
僕でいうところの異世界系の調理漫画を読んでいた、みたいな感じだろうか。
だとしても、ここまで完璧に仕上げるなんて、彼女の手腕を認めるしかない。
「さぁ、召し上がれ」
「朝食なんて、初めて食べるよ……」
「マジか。これから戦いが始まるんだぞ、ちゃんと食べなきゃ勝てるもんも勝てねぇ」
「戦い? やっぱり昨日みたいに魔物が?」
「馬鹿、生きることは戦いだ。特に、若いうちはな」
「生きることは戦い……」
その言葉が、心に深く突き刺さった。
席に着いた僕は、リターシャと一緒に合掌し、味噌汁を啜る。
熱々の汁が、舌に染みた。