いきなり浴室合体
まさか、ここでも境界の歪みが。
そう思い僕は慌てて浴場の扉を開けた。
「リターシャさん、大丈夫ですか!?」
「ぬぁぁ、冷たいぃ!」
「ぇ、わ、おわぁ!?」
同時に飛び出してきた彼女と激突し、押し倒された。柔らかな感触に頭を挟まれ、視界を塞がれる。ふも。
「な、な、なんでこんな冷たいんだ!? お湯が出ないぞ!」
「ぅも……もご、もご……」
「ん、何か硬いものが──って、うわぁ! す、すまん! 大丈夫か!?」
「ぅぐ……リターシャさん、シャワーの使い方知らないんですか?」
「このレバーをクイっと回せばいいんだろ? 本で読んだ事がある。ちゃんと赤い方にも調整したぞ」
向こうの世界の創作物で履修済みだったか。
けど、情けないことに残念。
「オンボロアパートだから、まずはガスで火をつけないとお湯は出ないよ」
「ガス?」
「そ、ここを押し込みながらレバーを回転させて……」
ガガガ、ガガガ、ガガガ、しゅぼ!
火がついた音を確認し、最後までダイヤルを回して準備完了だ。
「これでお湯が出るはずだよ」
「……ホントだ。手間、掛かるんだな」
「今時こんな旧式も逆に珍しいけどね」
「……」
「なに?」
「いや、意外と反応薄いなって。こーいうの、ラッキースケベって言うんだろ?」
「シュバルツの言葉で例えるならば、今の僕はさながら賢者でね」
「賢者? よく分からんな」
「ま、なるべく早く済ませてね。僕は着替えてくるから」
「着替える……? ん、分かった、さんきゅ」
そう言って、リターシャさんは扉を閉めシャワーの音色と鼻歌が聞こえ始めた。
やれやれ、手間の掛かる子だ。そう呟きながら僕は下を履き替え、交代でシャワーを浴びる。
一度○○したこともあり、ようやく頭が冷静になっていた。
頭を打つ雫一粒一粒を感じれる程、心が落ち着いている。
「色々あったけど……これからどうしよう」
拳を握りしめ、剣の感触を思い出す。
確かにほうきは剣に変わり、僕は魔族を倒し、皆を救った。
ずっと夢の中にいた気分だったけど。
「現実、なんだよね」
気が付けば身体の中に不思議な力を感じている。
これが、リターシャさんの言う『魔力』なんだろう。
本当に僕が勇者の転生者?
ヴァイスでの自分が何者かも分からないのに、そんな事言われても困ったもんだ。
「ふぅ、上がったよ」
「おかえりぃ」
タオルで身体を拭きながら、リビングへ。
ゆったりとくつろぐリターシャさんが手を上げた。
「やっぱり、タオル一枚で待ってた」
「んだよ、もっリアクションしろよ」
「宿もないなら服もないでしょ。ちょうど着てない服あるから、あげる」
「ありがと。ちょっとキツイな」
「しょうがないでしょ、胸は」
リターシャさんの方が僕より身長高いし、下半身も上半身もデカイからパジャマがパッツンパッツンになってしまった。因みに下着は新品のトランクスを渡す。
「今度の休み、服とか必要最低限の物、買いに行かないとな」
「……やっぱ、お前は勇者だ」
「どうして?」
「面倒見がいい」
「ッ、都合位のいい男ってだけだろ?」
言われてみれば、彼女の面倒を見る方向で思考が働いていた。
他人に興味がないと自負しているのに。
「いんや、私を拾ってくれた時と同じだ。確信しているよ」
「拾う? リターシャさんにも色々あるんだね」
「そりゃーお前の十倍は長く生きてるからなぁ」
「だったら十倍生活力のある女性になって」
「なー! 馬鹿にしてるな!?」
「馬鹿にされたくなかったら、『今日はここに泊まる』なんて絶対に言わないでよ」
「どえ、なんで分かった!?」
「ここまでさせておいて、その台詞が出てこないとは誰も思わないよ」
「流石は賢者勇者」
「……どっちなの」
まぁ、何と言おうがこのまま外に放り出すのは後味が悪いから泊めるけども。
「しばらくはいいけど、ちゃんと自分の宿は準備してよね」
「わかった、この恩は家事で返すぜ」
「できるの……?」
「超得意分野だ」
「なら任せるけど……」
「期待してな!」
Vサインで返してくるリターシャさんに不安を覚えながらも、僕たちは同棲を始めることになった。