いきなり勇者覚醒
「グギャァァァ!」
「ぁ、きゃああ!」
「伏兵!? ッ──だぁ、もう!!」
女生徒を襲う凶爪。
リターシャさんは即座に反応し、彼女の身体を突き飛ばした。
「うッ、ぐぁ!?」
「リターシャさん!」
背中を切り裂かれ、飛び散る鮮血。明らかな深傷。
それでも受け身を取り、僕らを庇うようにして膝をついた。
「はぁ、はぁ、しくじったな」
「凄い血の量……逃げましょう、リターシャさん!」
「ここで逃げたら、あの糞雄共が死んだままになっちまうだろ」
「ぇ、生き返るんですか?」
「説明は後だ、勇者……いや、お前はその子を連れて逃げろ。次は庇いきれそうもない」
「で、でも──」
「いいから! 勇者パーティーは、ピンチになってからが本番ってね。これも、お前の教えだ」
背中から流れ落ちた血は、太ももを伝い地面に滲んでいる。彼女でも、この傷で2体を相手にするのは無理だ。でも、だからと言って僕に何ができる。
「さっさとしろ。大丈夫だ、私が守る」
今日一日、意味不明な出来事の連続で頭は混乱しっぱなし。厄日中の厄日。
逃げたって誰も僕を責めないだろうし、三人衆が死んだところで僕には関係ない。だけど、けれども。
「……初めてなんだ。人に好意を向けられたのは」
「お前?」
「嫌いだ、耐えられない。好意には、好意で返さないといけないんでしょ?」
聖剣なんて大層な武器は無い。
床に転がっていたほうきを手に取り立ち上がる。
化け物に掃除道具で対峙するなんて、馬鹿だ。
今、僕は馬鹿をしていた。
「足、震えてるぞ?」
「やらなきゃならない、好意を向けられた以上は。リターシャさんのせいです」
「ふふ、やっぱ根っこは変わらないんだな。決めた」
そう言うと、彼女は僕の肩に手を掛ける。
「お前が勇者としての記憶を取り戻すまで、私が教育してやる。まずはSTEP1、魔力装甲」
「魔力装甲……」
「幸いお前には魔力がある。さっき言ったこと、実践してみな」
自身の魔力を掌握し、感情をコントロールしろ。全ての命に感謝し、祈りを捧げ、勇気を剣に変えろ。
だったっけ。この言葉、妙にしっくりこないんだ。
──僕はただ、目の前の奴らをぶっ倒したい。
倒して、倒して、ぶっ殺す。
感情は、怒り。生命を刈り取る、殺意。
「絶対に、倒す!!」
「いいぞ、そのまま魔力をほうきに移せ。聖剣を手にしろ」
「聖剣? ……魔力装甲、聖剣!!」
身体から溢れる不可思議なエネルギーを右手に込める。すると手からほうきに流れた魔力は、形状を変化させた。
「いょおし! できたな」
「これが……聖剣」
「昔見た時と若干違うが、上出来だろう」
掃除道具だったものは西洋の武器となる。
灰色の両刃剣。重さを感じず、やけに手に馴染んだ。イケる。
「リターシャさん、後は!?」
「決まってんだろ……全力で、ブッタ斬れぇ!」
「ぅ──うわああああ!!」
言われた通り、全身全霊の力を込めて剣を横一閃に振るった。
すると、エネルギーの塊となった刃は飛び、化け物を一刀両断する。
「グ……ギ? ァ──ギァァ!!」
絶叫と共に粒子と化すリザードマンは、2頭同時に消滅した。やった……? 僕が倒した、のか? ん。
「はは、流石は……私が惚れた……勇者様じゃねーか……よく、やった」
「リターシャさ……リターシャさん!? リターシャさん!?」
頭を撫でるように添えられた手には、血がべっとりと付いていた。その言葉を皮切りに、彼女は瞳を閉じ、僕に寄り掛かる。
「マズい、このままじゃ……く、クソ、せっかく倒したのに!」
「……」
「起きろ、おい! リターシャさん……リターシャ!!」
意識を失い腕の中でぐったりとする彼女を抱えながら、僕はただ狼狽えることしかできなかった。