いきなり絶体絶命
「悲鳴が聞こえたのはあっちだな」
「ゃ、うわ!?」
困惑する僕を他所に、リターシャさんはグイグイと悲鳴を頼りに進んで行った。
異質な空間で学生服を着た生徒達とすれ違う。誰もが怯え、驚き、そして逃げている。
僕らはその波に逆らい、一歩、また一歩と恐らく「脅威」が存在する方へ向かっていく。
「この部屋だな」
元は教室だったであろう場所には赤く、硬く、重い扉が設置されていた。
隙間からは謎の唸り声が聞こえ、恐怖心を煽ってくる。こわい。
「……震えているのか?」
「当たり前でしょ!? こんな……意味不明の状況、誰だって震えるさ!」
「情けないな、私が愛した勇者がここまで落ちぶれてしまうとは」
「だから人違いだって!」
「自身の魔力を掌握し、感情をコントロールしろ。全ての命に感謝し、祈りを捧げ、勇気を剣に変えろ。さすれば、未来は切り開かれん」
「急に何言ってんのさ……」
「お前の教えだよ。さぁ、行くぞ……魔物退治だ!」
そう言うとリターシャさんは扉を蹴飛ばした。
すると、鼻を摘みたくなるような異臭を感じる。
本能が、直感が理解した。これは……死臭だ。
「あ……ぁぁ……ぁ」
広い空間の中心で、ぐちゃぐちゃと音が鳴る。
トカゲと恐竜を足して2で割ったような二足歩行の化け物が食事をしていた。溢れる血溜まり、肉片。
食べられているのは、さっきリターシャさんをナンパした三人衆。
白眼を剥き、上半身と下半身が離れ離れになってしまっている。
「リザードマンか。やべーのはいねぇみたいだな」
「り、リターシャさん……ぁ、れ……」
「言ったろ、魔物だよ。私らが何千何万と倒して来た奴らの、たった一体だ」
「し、し、死体……死んで……」
「んなもん見たら分かるっての。さっきの悲鳴はアイツか。おい、ここは私達が何とかすっから、逃げたけー」
化け物と死体に目を取られていたから気が付かなかったけど、部屋の隅で女の子が震えて小さくなっていた。この状況でも冷静に全体が見えている。慣れているんだ。
「ゃ……死にたいない……やだ……」
「腰が抜けてんのか、まぁ一匹なら問題なし。さっさと片付けて人命救助するぞ、勇者」
「ぼ、僕!?」
「ったりめーだろ。ほら、聖剣出せよ」
「出せるわけないでしょ!?」
「そっちも駄目か……なら、しっかり見とけよ」
「まさか、リターシャさん」
「体術は苦手なんだがな。おい、リザードマン!」
「グル……!?」
地を蹴り加速すると化け物の背中に飛び蹴りを放つ。リザードマンと呼ばれる化け物は衝撃で吹っ飛び壁に激突し、リターシャさんは空中で二回転した後、華麗に着地した。
「こっちの方が焼けてて旨そうだろう? お前の敵は私だ、かかって来な」
「グッ……ギャオぉおお!!」
標的を変え、飛び掛かるリザードマン。
長い手足を振り被り、鋭い爪で肌を切り裂こうと迫る。
「危ない!!」
「なぁに、この程度。魔力装甲っと」
パシ、パンッ、パンッ。
淡々と丁寧に、命を刈る一撃を細腕で捌いていく。
時に受け止め、時に弾き。赤子の手を捻るように楽々と。
「そら、もーいっちょ!」
「ゲッ──ぁ、ギャァァ!!」
一瞬の隙を突いた足払いはリザードマンの身体を浮かせ、右拳が柔らかそうな腹部へとめり込んだ。
再び壁に叩きつけられ悶絶する化け物を前に、息一つ切らす事なくリターシャさんは手を叩いた。
体術が苦手だって? 圧倒的じゃないか……。
「さて、お仕置きだ。世界結合される前に、始末させてもらうぜ?」
「グル……グルル……」
もう勝負は決まった。
誰がどう見ても彼女の勝ちは確定していた。
……筈だった。
「ゃ、やだ……やだ、やだぁぁ!!」
錯乱し、僕の方へ向かって唐突に駆け出す女生徒。
それと同時に空間が割れ、もう一体のリザードマンが現れたのだ。