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彼女の友人

 エレナ・ローズベリーは本当に罪作りな女性だと思う。


 一般科の私たちに囲まれて大激論を交わす彼女は、稀代の頭脳を持ちながら、アホだ。基本的に鈍感で、自分の世界に入り込んでしまい、のんびりしている。人の悪意にも、好意にもあまり気が付かない。よく言えば、精神がしなやかなのだが、彼女へのアプローチも嫌がらせも意味をなしていなくて可哀想になってくる。

 その分自分の中に物差しを持っていて、偏見を持ったりせず、こんな庶民しかいないところに馴染める柔軟さを持っている。侯爵家だからと高ぶることも無い、美しい心の持ち主だ。

 本人は嫌がっているが、シャープな目も、銀色の髪も、高潔な彼女に良く似合っている。なにより、その気高くもあり、タフで健康な心は人を惹きつける。そばにいると素直に楽しく、心が安らぐ。


 あんな家族の下で育って良くもこう健全に育ったなと思う。妹は姉のものすべて奪いたがり、お母さんは妹に盲目で、すべて悪いのはエレナだと思い込んでいる。エレナも時折そのことに悲しそうな表情を浮かべてはいるが、私だったら一週間で家を飛び出す。


 あの皇太子殿下も本当にあなたが好きだったんだと思いますよ……。


 ミリー様とオリヴァー皇太子の浮気がエレナに発覚してから、ローズベリー家はエレナとの婚約解消と次期婚約者としてミリー様のご推薦を行ったらしい。

 婚約といっても外部に発表しない家族内でのものであったし、結婚によってもたらされる利益も変わらないためすんなりいくかと思いきや、オリヴァー皇太子が拒否したという。

 国王とレオン様が間に入る形でとりあえず婚約破棄は完了したようだが、今でもオリヴァー皇太子がエレナを目で追っているのをお見掛けする。


 のんびりしつつ、しっかりと自分で立ち走っていける強さを持ったエレナを、自分傍に置いて見守りたいという殿方は多いようだが、うっかりするとその走りの速度に置いて行かれ、潰れてしまうのだ。

 なんたって、きれいな顔して王宮の研究員を言い負かすような女ですからね。


 こうなるともう、それについていけるのはあの方しかいないのでは。


「アメリアー」

 エレナのだらしのない声が響いてくる。

「はしたないですよエレナ」

「私がこれまでどおり施設を使う方法、もっとまじめに考えてよ」

 さっきまでの熱い声からしおれたような声に変わる。

「考えるって言ったって、図書館はまだしも研究施設を顔パスで使えるレベルは、皇族になるしかないし、許可制でいったって、王立研究所職員くらいじゃないですか」

 エレナはその美しい額にしわを寄せた。

「やっぱりそうよね。でももうお妃にはならないし、職員になる道って皆みたいに一般科からの推薦しかないじゃん」

 そうなのだ。この国は貴族だけに特権が与えられているわけでもなく、庶民が専門分野を突き詰めたところを、貴族がまとめ上げて結果をだすというような研究体制になっている。

 そのため一般科ではなく貴族科のエレナが今から職員になることはできない。

「私、婚約者で施設使い放題だから、一般科への進学諦めたのに、こんなことってある?はあ、もっとまじめに婚約者すればよかった」

 皆に笑いが起こる。

「そもそもこの国きっての高位貴族の家の令嬢が一般科へなんて許されませんよ」

 するとエレナが口と目をまあるく開けて、息を吸い込んだ。

「それよ!わかった。私一般階級の人と結婚する。それで庶民になって、一般科に進学しなおす。そんで研究者になる」

 今度はエレナ以外が口をぽかんと開けた。突飛で信じられない話だが、彼女は本気で言っている。本当に遂行する気なのだ。まずい彼女の意識を違うところに移して忘れさせなければ。

「そういえばレオン様とエレナってどうなっているんですか?」

「いや急すぎ」

「あ!それ俺も聞きたいです!」

 皆も必死になって、話題を転換しようとする。

「ライバル家同士の恋!憧れですね!」

「ええ。でもレオン様って娼館の人全員買ったとか、人妻に手出して殺されかかったとか良くない噂多いじゃないですか……エレナ様にはちょっと……」

 みんな好き好きに口にする。

「うーんよくわかんないけど、婚約破棄に協力してくれたことは素直に助かった」

 エレナがそう言うと、歩いてくる人物に気が付いた向かいにいる人たちの顔色が変わった。

 洗練された動きでこちらに向かってくるレオンはやはり恐ろしい雰囲気をまとっている。袖口からのぞく手元や、襟を緩ませた首元は、男らしく武骨でありながら、艶やかな色気まで感じさせる。それでいて、他人からの評価に無頓着。圧倒的な強者とはこんな人のことを指すのだろうといつ見ても思わされる。


「ふーん。直接いってくれない?」

 張り付く笑顔が恐ろしい。

「そういうところはちょっとねえ。」

「そんなこと言っていいんだ。」

「ん?」

 そのまま二人はいつもの言い合いを始めてしまった。


 エレナは気づいていないのだろうか。娼館全員買いとはいかなくても、確かにあった女遊びの噂が学園入学と共にぱったりと無くなったことを。つまりはエレナと過ごすようになってからだ。


 乱暴な言葉ばかり言っているのに、こっちが恥ずかしくなるくらいに声が甘い。

 

 エレナの髪を撫でつける指先は、ガラス物を扱うよう。


 エレナと共にいる彼を見ていると、慈しむとはこういうことかと思う。

 

 まさか触れる者端から傷つけそうな美しい狂犬が、こんな飼い主に甘えたな飼い犬になるなんて誰も思わなかっただろう。


 私がレオン様にエレナの居場所を尋ねられ、第三資料庫と答えたときの彼の血相の変化を見て欲しかった。


「レオン様って本当にエレナが好きなんですね」

「あ?」

 甘い顔を見せられた後にとげとげしい表情をされたって怖くない。

「あら照れちゃう」

 エレナが冗談だと思ったのか、のってくると、レオン様の表情が真顔に変わりエレナをじっと見つめる。

「エレナがいるからこの学校に来たに決まってんだろ」

 離れたところで議論を再開していた人たちも動きを止め、草が風に吹かれる音がした。

「え?」

 レオン様に引き出されたというのが気に障るが、こういうときの侯爵家令嬢らしくない表情は本当に魅力的だ。

「ははは。おもれー顔。エレナが俺に合わせたんだろ。はずいやつ」

「はーすぐ馬鹿にする」

 のんびりと目を細めるのがとても可愛らしい。


 こうしていると、そばに寄る人みんな噛みつきそうな普段のレオン様とはあまりに違う。他を圧倒するようなオーラが今は穏やかになっている。


「はいはいそこらへんで。レオン様、暇ならそこの資料図書館に返してきてください。」

「わかったよ。ほかには」

 エレナのように身分で人を蔑まず、こんな私の無礼も当たり前に動いてくれるレオン様も嫌いではない。

 私たちは、エレナが幸せになれそうな方を応援します。


昨日投稿を忘れてしまった…


お読みいただきありがとうございました。本当に嬉しく思います。

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